人気ブログランキング | 話題のタグを見る

江戸 出開帳のにぎわい

江戸 出開帳のにぎわい_f0122653_1732187.jpg

上の絵は 「武江年表」はじめ 当時の記録にたくさん残っている
深川永代寺の「成田不動尊」出開帳の様子
とにかくこの時には 講中の送迎 数千人 千住から深川まで
「立錐の余地なし」と 書かれています
出開帳というのは そもそも勧請・・・お金目的でくるのですからね
江戸に来ると 三井越後屋などの大家に立ち寄り 寄進を募るのです
スポンサーですね 越後屋の方も 膳部を出してもてなし
赤飯配ったりもして 宣伝に これつとめます
寛政のころ 白木屋が 天鵞絨(びろうど)張りの牛を 三囲稲荷の開帳に出してますが
これもいい宣伝になったことでしょう
成田不動は江戸時代 33回も出開帳していますが これは安政三年(1856)のことです

実は これより前 文化四年(1807) 回向院での幸手不動尊出開帳
これも大変な人出 千人ほども先がけし 山伏が 大斧をかつぎ 法螺を吹き 
なかには異様ないでたちの者もいて 大評判だったようなのです
火渡り護摩焚き と言って 今でも高尾山で やっていますが
行者が 裸足で火の上を歩くやつ これも見物が押し合いへしあい
ついに 押しつぶされて死人が出るほどの混雑ぶり

しかし こちらは 何の絵も残ってないんですよねー
残念ですねー
幸手不動院自体 今の春日部市にあったのですが
大正時代に 東京に移った・・・とあるだけで 一体 今 どこにおわすのやら・・・?
ちょっと調べてみたけど わかりませんでした
でも とりあえず 幸手不動尊の名前だけ 覚えといてみて
「近来 これ程なる江戸入りの開帳なし」 
去年の琉球人の(来朝)行列よりすごかった と 書いてありますからねー
では また明日

# by tukitodoraneko | 2015-10-04 18:16 | 祭と歳事

江戸の勧進相撲 10月

江戸の勧進相撲 10月_f0122653_13104664.jpg

 「天明八江戸大相撲生写之図屏風」の半分です
両国橋を渡って 回向院に向かう力士たち
裸以外の力士の絵って 珍しいですね
江戸では 年に二回の勧進相撲 
「東都歳事記」では 三月と十月の項に 書いてあります
三月の方が 詳しいですね
「絵本江戸風俗往来」では 十月の項が詳しいので
これを ちょっと引いておきましょう

「勧進相撲は たいてい当月(十月)下旬よりはじまる。
春秋二回の出世相撲の本場所は 向両国 回向院境内を定場とし
小屋を構え 高矢倉を組み立て 相撲興行中は矢倉の上にて
毎朝 東雲(しののめ)告ぐるや 太鼓を打ち鳴らす。
その響き勇ましく 時刻来れるを待ち かの大諸侯お抱えの力士
絹布の衣装 重ねて 金銀造りの脇差を帯して 弟子力士 化粧廻し
入れたる葛篭(つづら)担いて 供に従いし幕内 幕下の力士
本所回向院最寄りの住居なるより出場の様 勇ましくして 美々しきを
見る人 天下の力士と羨まぬはなかりしなり。
かの劇場(しばい)に俳優(やくしゃ)の楽屋入りとて 早天より打ち鳴らす
太鼓と共に出場すると同じことなりしも 力士は寺社奉行の配下にして
町奉行の支配にあらず。
小屋ものと呼ばるる俳優とは 雲泥の相違にして その品位 自ら
別物なりける。」

ふ~ん・・・格が違うってことなんですね
あと 春・秋と書いてあるものと 春・冬の二回興業と書いてある場合もありますね
これ 雨で延びることが多かったので だんだんずれていき
「寒の内」に興行することとなれり・・・と いうことらしいです

江戸の勧進相撲 10月_f0122653_13511795.jpgそれともう一つ ← この人 雷電為右衛門
関すること
みなさん 江戸の相撲取りといったらこの人!って
思うじゃないですかー
強すぎて 相手にけがをさせるからと
三つの技を禁止されましたよね
張り手・鉄砲・かんぬき
三つ!じゃないですかー 
四択の問題で「禁じられていなかったものは?」
というのが 出るかもという気配がぷんぷんでは
ないですかー!
そこで 出題者は考えるわけですよ
たぶんみんな出ると思ってるだろうなー・・・
やめた方がいいかな それともサービス問題として
素直に出した方が ウケルかな・・・
まあ 五分五分ではありますが
張り手・鉄砲・かんぬき
覚えといて 損は無いかと・・・
もしこれで本当に出たら きっと出題者は「ウケたい!」という誘惑に勝てなかったのでしょう 
心の中で「わっはっは!」と笑って うっちゃりましょう(試験中だからお静かに!)

# by tukitodoraneko | 2015-10-03 14:13 | 祭と歳事

江戸の十月

もう10月ですもの! 早いですね~・・・
あと一月しかないので 頑張っていきましょう
10月に行く前に 9月の祭りに「おわら風の盆」ぬけてますので
ちょっと調べておいてくださいね 元禄から続く祭りですので 気になります

江戸の十月_f0122653_13485599.jpg十月と言えば 玄猪(げんちょ)があります
もっぱら 武士の祝儀ですが 民間でもこれにならってぼた餅などこしらえました
炉開き 紅葉狩りなどもありますが 
主に隠居や文人のなすところ
あまり 一般庶民には 関係なかったかもしれませんね
それよりも 庶民が群集したのは 
2日の「東叡山開山忌」
寛永寺を立てた天海=慈眼大師の忌日
この日は早朝から 両大師の御影を供奉し 法親王は輿に乗り 十六坊の院主
勤仕の侍の行列(お練りという)美麗を極め
この日参詣の老若男女 蟻の群がるが如し と 遊歴雑記にあります
そして6日から15日まで いわゆる
「お十夜」です
これは浄土宗の法要ですので 
各寺でも行い 参詣も多かったのですが
将軍家の祈願所 増上寺では わけても善男善女が 群集しました
13日の「御命講」=御会式は 日蓮上人忌日ですので
諸寺でありますが やはり池上本門寺ですね(上の絵です)
神社の祭礼は 10日に湯島天満宮 当社勧請の日で 砥餅が名物
15日 小柄(塚)原 熊野権現祭礼 

19日のべったら市 20日のえびす講 

以上に挙げたものは 確実に調べておきましょう
もう ばっちり!という方 絶対 今年は合格ですよ^^v

# by tukitodoraneko | 2015-10-02 14:06 | 祭と歳事

江戸の小芝居

江戸の小芝居_f0122653_14221629.gif

さて 江戸の小芝居 これこそ論文的な史料ばかりで 調べにくいですが
いかがでしょう? お勉強すすんでいますでしょうか?
私も検索したら 自分のブログにぶちあたりました
2011年 5月20日 「三十分の一で通し狂言」
その当時 知っていた事は ここに書いてあります ぜひ 目を通してください
さて それ以外の事 書いておきましょう
官許の三座以外で 歌舞伎狂言を見せた小屋を 小芝居といいましたね
そのうち寺社の境内で興行するものを宮地芝居
両国広小路など盛り場でするものを 小芝居・おででこ芝居とも呼びました
どちらも小屋掛けで 官許の櫓もなく 引き幕や花道が禁じられた
いわゆる緞帳芝居です
宮地三座と呼ばれたのは 市谷(亀岡)八幡宮 湯島天神 芝神明
この辺りの事を「遊歴雑記」から引いてみましょう
「当社内(市谷)の芝居は 延宝年間(1670年代)御免ありて 座元名代を
 斉藤八尾八(やおはち)と号し 芝居となりて 歌舞伎の狂言 絶えたることなし」
表向きは 晴天百日と言いながら 一応許可を取り 絶えず興行していたという事ですね
上の「江戸名所図会」でも 赤い四角 芝居と書いてありますし
その左側の茶屋は 芝居茶屋として 繁盛したようです
この辺の事情は 富くじとまったく同じ
高い三富より 影富が流行ったように セレブしか行けない三座より
安くて 気軽な 小芝居がとても繁盛したというわけですね
市谷より早く 芝神明は 寛文の末(1670年頃)御免有り 座元は江戸喜太郎
湯島天神は 一番遅く寛延年間(1740年代) 座元名は空欄となっていますが
たぶん中島某と思われます
幕末の湯島天神芝居は 中島勘三郎という記述があり
明治以降 蛎殻町に中島座を出したのがこの人です
この三座は 少なくとも文化文政の頃には 道具・仕掛け・回り舞台・せり上げ
など 「大芝居にかわらず」 芸においても 「大芝居の俳優におさおさ劣らぬ上手もありて」
・・・と 十方庵は 書いていますよ
「真佐喜のかつら」によれば やはり化政期に 尾上梅幸らが
湯島の宮地芝居を見物し ここの人気役者 乙蔵と芝居茶屋で
酒宴を開いた・・・とあります
「乙蔵は田舎役者 我々は檜舞台の者なりとも 芸道に変わりなし
 上手を愛し見物するに 何ぞはばかることあるべしとも思わず」
梅幸は これを非難した他の大芝居の役者に そう言い返したってことですよ
かっこいいですね   では 今日はこの辺で 


 

# by tukitodoraneko | 2015-10-01 15:27 | 祭と歳事

江戸の相撲

江戸の相撲_f0122653_10473668.jpg

上の相撲絵 たぶん「古今相撲大全」を 元として書かれたものでしょう
近代ライブラリーで読めるのは「新相撲大全」で 明治以降のことしか書かれていません
今「古今・・・」の方は 国会図書館とか大学の図書館の
フィルム版で 見れるだけですね
これは 「内容があてにならない」と 江戸時代から言われているものですが
まあ基本中の基本・・・それが読めないなら 代わりの相撲解説書読むしかないのですが
「大相撲人物大辞典」これも お高くてねー
「侠客と角力」 三田村鳶魚 これなら文庫もあります
私のおすすめは「謎解き江戸のススメ」TV番組はご存知でしょう 
あれが本になってて「相撲」に関しても載っています 
この本は 竹内誠先生の監修なので 信用度高いな!と 思えます
相撲関係は どうも講談ネタが多くて 玉石混交になってしまいますね
講談って 全ての始まりを「寛永」に持っていこうとする傾向があるんですよねー
「白髪三千丈」方式だし・・・
寺社系のHPも いいのですが やはり自分のところに肩入れが強いしね
「嬉遊笑覧」や「武江年表」から 四股名を抜き出し
地道に検索していくのが かえって近道だろうかと思えます

ネットだと「四股名」で検索すると いっぱいでてきます
すごく変わったのが いっぱい出てて これTVのクイズ問題にもなっていました
それと「相撲絵」も 検索して見てください 役に立ちます

以降は 調べとくといいかな?

野見宿禰神社は どことどこ?
江戸時代の土俵について いつから? 大きさは?
「徳俵」の役割は?
土俵の誕生により 生まれた新技って何?
江戸三男 力士の他は?
番付に用いる相撲字は 何流?
「蒙御免」以外にも番付に必ず書かれた大入りを祈願する言葉は?
晴天8日の興行は いつからいつまで?
谷風 VS 小野川 どっちが勝った?行事の名は?
ペリー来航の時 米俵を運んだ力士って?
(以上 「謎解き江戸のススメ」より)

おさんどん相撲って?
江戸時代の相撲見物(回向院) 大入りだと何人くらいはいる?
雷電為右衛門 何藩のお抱え?

以降 「武江年表」から拾った相撲取の記事

寛永   明石志賀之助
正徳   松風瀬兵衛
享保20 丸山権太左ヱ門
延享   雷鶴之助
明和7  釈迦嶽雲右衛門 雷電為右衛門
安永   谷風 小野川 釈迦嶽
天明7  釈迦嶽 真鶴崎右衛門
寛政7  谷風梶之助
文化2  水引  四っ車
   3  小野川喜三郎
      八十島富五郎
文政10 阿武松緑之助  稲妻雷五郎
天保13 不知火諾右衛門
嘉永3  生月鯨太左ヱ門  鬼若力之助
   5  剣山谷右衛門
安政6  舞鶴駒吉
文久2  小柳  不動山  殿 

こんなとこかな 抜けてないといいんだけど・・・・

# by tukitodoraneko | 2015-09-30 13:09 | 祭と歳事