天璋院篤姫さま お別れです

とうとう 今年の大河「天璋院篤姫」も 最終回です
f0122653_12444736.jpg篤姫さま 宮崎あおいさん
一年間 お疲れ様でした
天保6年(1835) 12月 19日
雪の日に生まれた 篤姫は
嘉永6年(1853)島津本家・斉彬の養女となり 
江戸へ旅立ち
3年後の安政3年(1856) 13代将軍 家定の正室となります
しかしわずか2年足らずの安政5年(1858) 7月
家定と死別
そして 明治維新へ
明治16年 11月 13日 卒中の発作を起こし
同20日 帰らぬ人となりました
享年 48
大河ドラマでは 養女になってからの30年間を 
描いていました
この肖像画は 元幕臣 川村清雄が
勝海舟の依頼で 描いたもの
明治6年 断髪にしてからの天璋院の写真を基にしています
清雄は この他にも 将軍・家茂の肖像を描いています
こちらは 生母・実成院が見て 「どうしてこんなに似たんだろう」と
言ったという お墨付きです
残念ながら 天璋院の肖像画は 存命中には出来上がらず
没年の翌年 出来上がりました
一周忌以降 この肖像画は 命日のたびに 飾られていると
家達の孫たちが 語っています
こうして 波乱の一生を 終えた篤姫は
上野・寛永寺で家定の宝塔と並んで 今も江戸の町を見守っています
その傍らには 生前 好んだ枇杷の木が植えられ
11月 20日には 法要が営まれています

はるか西国から お輿入れになり 徳川家を
しいては 江戸の町を 存続するため 「一本道」をつらぬかれた天璋院さま
あなたの守った「江戸の町」を 私たちは今も 愛しています
そしてこれからも 愛し続けるでしょう
ありがとう ございました
                  合掌
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by tukitodoraneko | 2008-12-14 14:26 | 江戸のあれこれ

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