今日は 煤掃きの日

もし 今が江戸時代だったら 今日は一日「すす払い」で大忙しです
これは お城の習慣だったものが 武家から町家までひろまったものです
当初は12月20日にしていましたが 家光公が20日に亡くなったので
4代・家綱の時から 13日になりました
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この日は 武家は一日 戸を閉めて 掃除に専念
奥女中たちも 普段は無地の白手ぬぐいしか使えないのですが
この日は 染付けの華やかなもので かぶりものをしてもいいことになっていました
この頃の 「行事」は 例え大掃除でも なにかしら お祭り気分
行楽半分 といった感じですね
12月10日くらいから 市中には 笹竹売りがやってきました
当日は まず畳を上げ 建具は一部屋にかたずけて
天井から 煤払いを始めます
当時は ガス・電気がないんですから 照明も煮炊きも暖房も
すべて 「直火」でした これが すごく煤が出るんですね
その上 舗装道路なんかなく 江戸の土ぼこりは 有名でした
通りの大店などでは 店を閉めてから 夜にかけて行うところが
多かったといいますよ 
こういう大店では 鳶の衆なども手伝いに出ます
食事は 簡単にたべられるもので あんころもち そばなどが ふるまわれました
もう一つ 「鯨汁」をこの日に食べる習慣もありました
当時 鯨は魚類とされていましたが 油が強く 寒の内には
「身体が温まる」と 重宝されました
でも 女の人たちは あまり好まなかったようですが
そして 掃除が終わると 恒例の「胴上げ」です
これは 「江戸検定」の問題にも出たことありますね

  「めでためでたの 若松さまよ 枝も栄えて 葉も茂る
   おめでたや サアーサッササッササー」

と 唄いながら だれかれかまわず胴上げしました
普段 にくまれているものは 下にドスンと落とされ
乳母や下女などは 追い掛け回して 胴上げされました
結局は 「歳神さま」を迎える儀式の性格もあったのでしょうね

   白昼に 門を叩くは 13日

   開いた口へ あんもち入れる 13日

   鯨汁 食い食い下女は くやしがり
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by tukitodoraneko | 2008-12-13 13:13 | 江戸のあれこれ

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