伊勢の御師の来る季節

昨日は この季節の風物詩 「椋鳥」の話でしたが
今日はもう一つ 11月になると出てくるものを 紹介しましょう
f0122653_983556.jpg←はい この二人組 上下をつけた方を
「伊勢の御師」といいます
江戸時代 庶民のあこがれは「伊勢参り」
しかし 早々行けるもんでもないので 人々は
「講」を組んで お金を出し合い 何年かに一度
くじに当たった者が「代参」といって 代表で
行くしくみになっていました
この時 宿の世話をするのが「伊勢の御師」
この時代は 5~600人もいて 各々がお得意の
「講」を持っていました
そして 毎年この季節になると 全国の講に
伊勢暦を配って歩いたんですね
この当時の暦は 専売制でした
例えば 京でいうと「大経師屋」
ここは 阿部晴明の血を引く「土御門家」が作ったものを 出版していました
江戸では 元禄頃に11軒に定められています
この他に 三嶋暦 奈良暦などがありましたが
伊勢暦は その見易さから200万部も印刷されていました
御師は この暦の他に のしあわび ひじき さらし鯨なども
もって歩き 「初穂料」に見合うものを 置いていきます
当然 出す料が少なければ 置いていくものも粗末でした

  伊勢の御師 さて 金のないさかりに来

  ご笑止と 暦とひじきばかり置き

「ご笑止」というのは お気の毒 という意味ですね
川柳では 「御師」を「おし」と発音することが多いですが
全国の寺社からやって来る「おし」の中で
伊勢講の「御師」だけは 「おんし」と発音します
ですから 「おんしが来た」といえば 熊野でも秋葉でもなく
「伊勢の御師」と すぐわかったんですよ
これらの品物は 供の者が鋏(はさみ)箱に入れて ついて来ました
この二人が 歩くようになると もうすぐ師走
せわしない江戸の 霜月の風物詩です
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by tukitodoraneko | 2008-11-28 09:56 | 江戸のあれこれ

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