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黒船と白旗

さて この時やって来たペリーさん
大統領の「国書」と 白旗を渡していきました
黒船と白旗_f0122653_1201363.jpg当時すでに 国際的には「白旗は降伏のサイン」
ということになっていました
でも当時の日本では「白旗って源氏の旗でしょ?」くらいの認識
ペリーは 初めて日本に「白旗とその使い方」を伝えた人なんですね
 「開国しなきゃ戦争になるよ 必ずこっちが勝つんだから 
 いざという時にはこの白旗ふれば 悪いようにはしないよ」
という 強行外交というか まあ「脅し」? 
水戸斉昭なんて これを聞いて烈火のごとく怒ったそうですよ
しかしコワモテだったわりには あっさりと10日ほどで
引き上げて行ってしまいました
シュワちゃんみたいに「また来るからな!=I'll be back!」と言い残して・・・
大騒ぎで避難したり 武器をかいこんだりしてた江戸の市民も これにはちょっと拍子抜け
この後 「早く帰ってよかったね」と いうのが江戸中の流行り言葉になりました
今で言う 嘉永6年度の「流行語大賞」ってわけですね
こんなこともあって 翌年の再来航時には 避難どころか
あまりにも「黒船見物」が多すぎて 幕府は禁止令を出したくらいです
品川あたりは 黒山の人だかりで 二階座敷からは女・子供まで
望遠鏡で黒船を覗いて楽しんでる絵が残ってますよ
喉元すぎれば・・・っていうか 物見高いことにかけては
世界にもひけをとらない「江戸っ子」たちでした

せっかくペリーが持ってきた「白旗」ですが
これが初めて 本来の意味で使われたのは 戊辰戦争の時
明治元年になってからのことです
会津藩が 官軍に対して「白旗」を振って「降伏」を表明
ペリーの教えが やっと実を結んだ瞬間でした

by tukitodoraneko | 2008-04-17 12:44 | 江戸のあれこれ

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