毒まんじゅう殺人事件?

家康が初めて出した「禁教令」 その背後を探ってみましょう
この約一年前 家康は二条城に豊臣秀頼を呼び出し 会見しています
淀君 大反対を押し切っての会見でした
加藤清正や浅野幸長が 自分たちが守るから!と必死で説得し
逆らったら どんないいががりを付けられるか 分からないんで
戦々恐々でお供してきました
この時 家康すでに70才です
 「御所柿は ひとり熟して落ちにけり 木の下にいて拾う秀頼」
この時 こんな狂歌が流行りましたよ
「御所」は家康のこと 木下は秀吉の旧姓ですね
つまり 秀頼方は家康さえ死んじゃえば また天下はこっちのもの
と 思っていたわけ・・・というか世間もそう思っていたんでしょう
家康も うーん こりゃ 急がにゃまずい!と 思いました
秀頼はどっかの大使が言ってたみたく でぶでぶのマザコンには見えないし
まだ豊臣恩顧の大名が たくさん残ってるし
そして そういう大名の多くが キリシタンになっていたんですね
近いうちに起こる豊臣VS徳川の最終決戦に向けて
まず キリシタン大名と家臣の禁止 
そして豊臣に加担しそうな浪人者の取り締まりが 急務でした
そんな中 都合よく起こったのが 有馬晴信と岡本大八の事件
ここぞとばかりに 家康は「禁教」のカードを切ったわけです
この年 大がかりな「かぶき者」の処罰も行っていますよ

f0122653_14122443.jpgさて 余談ですが加藤清正はこの会見の帰途
船中で発病 熊本に帰って数ヶ月で急死しました
浅野幸長も 翌年に死亡
都合よすぎる豊臣系大名二人の死に
世間では 「毒まんじゅう」殺人事件の噂がしきり
秀頼に出されたまんじゅうを 身代わりになって食べたって それはないでしょ?と思うんですが
う~ん・・・・・歴史は ミステリーね
明日は 「江戸検」1級対策講座に 行ってきます
朝10時から 夕方5時頃までですって!
私の体力と知力は 持つのでしょうか?
帰ったら また報告します
[PR]

by tukitodoraneko | 2007-10-06 14:28 | 江戸のあれこれ

<< 江戸検対策講座と例題 デウス 沈没! >>