鍋島「化け猫」騒動の真実

時は1607年 徳川幕府成立から間もない頃
初めての「お家騒動」が起こりました
と言っても この後 頻発する 家臣同士の対立や
わがまま二代目と老臣の対立 と言った構図ではなく
惨殺された主人の仇を取るために 長年可愛がられた飼い猫が
様々な怪異をなして 一家に祟るという おどろおどろしい物語
そう 「鍋島の化け猫騒動」ですね 
f0122653_824264.jpg江戸時代後期には 「歌舞伎」にもなりましたし
映画で見たことあるわって人も多いでしょう
私の子供の頃は 夏になるとやってましたよ
おっかなかったですねー あれ
でも実際の事件は どうだったんでしょう
この年の春のこと 二十歳の竜造寺高房が江戸・桜田屋敷で 67才の鍋島勝茂に斬りかかり仕損じて割腹しようとしますが これもまた失敗 
ところが この時すでに高房は妻を斬り殺していました
自分も この時の傷がもとで 7ヶ月後に死亡
お家は断絶・・・ という結果になりました
その原因は 戦国時代にさかのぼります
竜造寺家は肥前(長崎・佐賀)に所領を持っていましたが 当主・隆信が戦死 嫡子・政家は若くて病弱
かわって 家老の鍋島直茂が国政を取る事になりました
この人がまた バリバリのやり手だったんですねー
この人がいなければ 戦国の世の中 竜造寺家は回りの勢力に
とっくに飲み込まれていた事でしょう
家臣団も 強くて頼れるリーダーに付くのは当たり前
結局 秀吉も家康も 鍋島家を事実上のトップと認めていたんですね
それに反して 竜造寺の方は病弱な政家は隠居させられ
息子・高房は 秀忠の小姓として江戸詰めになりました
若い高房は 何とかまた藩主に返り咲きたい焦りと恨みで
この刃傷沙汰を起こし 反って相手を正式な佐賀藩主にしてしまう
という皮肉な結果になりました
事情のよくわからない 庶民にとっては 悪家老が若い当主をだまして
お家を乗っ取った・・・と言う印象が強く
そこは 判官びいきのお国柄 ありもしない「化け猫」の復讐譚を作って
ひそかに 鍋島家を非難して 溜飲を下げたんでしょう
この歌舞伎は大当たりして 怒った鍋島藩が
上演禁止にしちゃいましたよ
ちょっと 大人げ ないかなー?
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by tukitodoraneko | 2007-10-01 09:23 | 江戸のあれこれ

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