島津のすてがまり

小早川隊が動いたのは だいだい正午あたり
すでに4時間 激戦が続いてたわけです
ここにおよんで小西隊は逃走 大谷隊は壊滅
異説ですが 大谷吉継は切腹の前 小早川秀秋に対し
 人面獣心である!必ずや三年のうちに うち滅ぼさん!
と 叫んだということです
秀秋は この2年後に「狂死」しています 21才の若さでした
大谷吉継の亡霊に悩まされたと言う噂がたちましたよ 
一方 宇喜多秀家はというと
 おのれ!よくも裏切ったり!金吾(秀秋)の恥知らずが!
こちらも 小早川隊に飛び込もうとして 明石全登が必死で止めています
なんとか伊吹山方面に逃走させ この後 薩摩まで落ちのびますね
f0122653_11262910.jpgここで 初めて「薩摩軍」が動きますよ
すでに西軍の敗北は歴然 石田三成さえ逃走したこの時
島津義弘の声が 戦場に響きました
 さらば 戦場を抜け出ようぞ!
この時 千五百ほどいた手勢は残り数百・・・
命を賭した捨て身の敵中突破 「島津のすてがまり」が始まります
薩摩隼人にとって 敵に後ろをみせること 大将を討たれることは何よりの恥
だからこそ 一団となって 義弘一人を生かそうと戦いました

 群がり寄る敵に 最も勇猛だった甥の豊久が囲まれるのが見える
 23才の豊久は いつのまにか自分の陣羽織を着ている・・・
 身代わりに!・・・と思っても 助けに行く事も出来ない
 ただ まっしぐらに南をめざし 疾駆するだけ
 また 後ろから声がする 薩摩の勇将 長寿院盛淳の声が
 「我こそは 島津惟新入道なり!」 自分の名乗りを上げている
 「武運尽きて 討ち死にする様 よく見ておけやっ!」
 それが 勇将の最後と知れても 引き返すことはできなかった
 ただ 刀槍をふるって走り抜けるだけ・・・
 すまぬ!すまぬ!と唱えながら 義弘は南に走るだけだった

こうして義弘が関が原を抜け 伊勢路に入ったのは翌16日
付き従ったのは わずか数十騎でした
この時 島津義弘 66才
ちゃんと薩摩まで逃げ延び 桜島に隠居して
85才まで 生き延びた元気なじいちゃんです
 
 
 
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by tukitodoraneko | 2007-09-13 12:02 | 江戸のあれこれ

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