大谷吉継 戦場を駆ける鬼神

さて激戦のなか 10時から11時の間
三成はいろんな陣営に 使者をとばしています
三成軍は 黒田・細川隊を相手によく戦いながらも苦戦
隣の島津隊に助けを求めます
島津豊久は この使者が馬に乗ったままなのに腹を立て 追い返しちゃってます
次に三成自身が頼みに来ますが 「自分たちのことで精一杯!」と これも拒絶!
しょうがないから 南宮山の毛利隊 そして松尾山の小早川隊に向け
狼煙を上げます 「参戦してくれー」って合図ですね
ところが これに対してもなーんもなし
毛利隊は 吉川広家が止めてるし
小早川秀秋にいたっては この時点でまだ どっちつかず
「迷える10代」の秀秋くん ホントに困ったもんです
家康も イライラが最高潮
 金吾(秀秋)のこわっぱ! たばかったか!
イライラした時にでるクセで 家康はガジガジ爪を噛みだしたとか・・・
動かない小早川隊には 石田・大谷隊からあいついで急使が
爆発しそうな家康 とうとう秀秋に向け 鉄砲を撃ちかけます
よっぽど頭にきたんでしょうねー
自分の身に危険を感じて 初めて秀秋くん 態度を決めます
 「敵は 西軍である!」 
この一言で 関が原の大勢は 決まってしまったといってもいいでしょう
秀秋隊は 一斉に山を下り 大谷隊を襲います
f0122653_11341689.jpg関が原における大谷吉継の奮戦は もはや「伝説」です
この時 もうほとんど歩行もかなわず 視力もかすかな吉継は 四方を取り払った駕籠に乗り 戦場を縦横無尽に走りながら 采配をふるったということです
自らはもう 身体を守る鎧などは一切つけず
死に装束さながらの黒の羽二重に蝶の縫い取り
その姿は さながら戦う「鬼神」のようだったと・・・・
秀秋の裏切りと共に 脇坂・朽木・小川・赤座の4隊が 寝返って 大谷隊に襲いかかると
平塚為広は 敵の首ひとつに和歌を添え 吉継のもとに送りました
吉継は 和歌を読み終わると 「感ずるに余りあり はや自害して再会すべし!」と 
腹を十文字にかき切り 自刃
家臣 湯浅五郎は介錯した首を地に生め隠し
追い腹を切って 戦場へ戻り 討ち死にしました

家康は戦後 その死を惜しみ「天晴れな者であった・・・」と語ったそうです
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by tukitodoraneko | 2007-09-12 12:05 | 江戸のあれこれ

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