関が原 前夜

昼間 痛い目にあった東軍はこの夜 軍議をひらきます
 大垣はほっといて 佐和山をぬき 大坂まで行って人質助けようぜ!
この決議は「故意」に そして三成方のラッパ(スッパともいいます スパイね)
によって 西軍の知るところになります
石田三成としては ウィークポイントの「佐和山城」が心配で
この夜 とうとう「死地」となる関が原へ 大移動を始めますよ
f0122653_11523749.jpg下の迂回してる赤線 南宮山のふもとをグルッと回るルート
これが西軍移動路
三成はこの移動をよっぽどこっそり やってのけたかったようです
馬の口をしばって移動しましたよ
夜 遅くなってから降りだした雨の中 約16キロの大移動
先頭の石田軍は 7時ころ大垣を発っていますが
全隊が布陣するまで 10時間かかってます
最後尾の宇喜多隊が 関が原に到着したのは午前5時頃だそうです
移動の途中も三成は 関が原・東南部に安国寺絵恵瓊をたずね
松尾山(東南部)に布陣した小早川秀秋にも会っています
最後の念押し ってやつですね
 狼煙(のろし)上げたら 戦闘開始だからネッ!
ああ・・・三成 ちょっと不憫です・・・
この時 裏切った2隊ともに 最南部に位置してますね
逃げやすいからでしょうか?
安国寺や毛利隊・吉川隊にいたっては かなり東のはずれです
まあ この時は家康隊の動きが分からなかったので
ある意味 バックを取れる位置だったんですが
それにしても この2隊の位置も勝敗を大きく左右したといっていいでしょう
西軍のど真ん中にいたら また違った展開になっていたかも・・・
 
「西軍が関が原にむけて移動中!」
この情報が家康のもとに届いたのは 午前2時頃ということです
家康は 「動いたか!」と起き上がりざま 出陣命令
真っ先に出たのは 福島正則 黒田長政隊
真夜中 雨の中では前後も見えなかったんでしょう
最後尾・宇喜多隊の荷駄隊と福島隊は 闇の中接触して
ちょっとした 小競り合いになってます
家康隊は 中仙道をまっすぐ西に進むだけなので早かったんですね
そして 午前6時 両軍の布陣はほぼ完了しました
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by tukitodoraneko | 2007-09-07 13:13 | 江戸のあれこれ

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