小山評定は即決!

やっとこさ会津に向けて江戸を発進した家康
24日に下野・小山(現・栃木県 小山市)に到着
この日に 鳥居元忠から「三成 挙兵!」の知らせが届きます
この「小山」というのは 小山ゆ~うえ~んち~ のところですか?
あ 知りませんか? 昔 よくまねしたんですが・・
ともかく ここで翌25日 「小山評定」が開かれたんです
○○評定というのは かたく言えば「軍議」
やわらかく言えば 「相談会」?
秀吉が北条氏を攻めた時の「小田原評定」っていうのが有名ですね
この時は ダラダラといつまでも続いたんで
どうでもいいようなこと 長く話し合う事を「小田原評定」って今でも言いますね
途中で温泉好きな秀吉が 箱根に湯治に行ったりして
この辺りの温泉場が有名になるのは 秀吉のおかげだとか・・・
それにしても のんびりし過ぎです
しかし!「小山評定」の方はすばやかったですよ
家康は 大坂の情況を包み隠さず 全員の前で話す!
という 大わざを使います
 みな大坂の妻子のことが案じられるであろう
 それは もっともなこと! 望まれるなら 急ぎ帰られるがよい
 そのうえ石田方に組みしようとも 恨みには思わぬ
 帰途 我らの領内通過に関しては 心配なきよう下知してある
 心置きなく 上られるがよい!
うまいですねー この辺が三成より 三枚ぐらい上手
 「みーんな 大坂にいる人質を見殺しにできないから
  家康が十人来ても 勝算は我に有り!だよーん」
と三成は 真田昌幸に送った手紙に書いてますが 甘い誤算でした
f0122653_14572226.jpgその証拠に←福島正成は 家康の言葉を聞くと
 このような時に 妻子にひかれ
 三成めに加担したと思わるるは
 武士にとって この上ない恥辱!
 かわりに嫡子 行部を府内殿に人質に差し上げて
 お味方 仕りたい!
この一言で 「小山評定」は もう決まり!
ほとんどの大名が 我も!我も!と
家康の傘下に着いたのでした
人を動かすのは 脅しやすかしじゃダメなんですねー
さすが「徳川株式会社」の狸社長・家康です




 
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by tukitodoraneko | 2007-08-26 15:31 | 江戸のあれこれ

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