「一年」を「一万石」に換えた男

「荒木村重謀反事件」 これに関連して 歴史に登場する有名人
もう一人います 「戦国」マニアの方ならすぐわかりますね
f0122653_1162644.gif←この人 黒田官兵衛(孝高たかよし) 後の如水ですね
官兵衛は祖父の代から 播磨(兵庫県南西部)の弱小豪族・小寺家に仕え 官兵衛も若くして 小寺政職(まさとも)の家老でした
後に「秀吉の軍師」となる官兵衛 この頃から智謀に長け 
情勢を読むのがうまかったんでしょう
一家中で 毛利家に付こうとするなか
「これからは 織田の世の中!」と 信長に臣従するよう 

f0122653_1137187.jpg家中を説得するんですね
そして 荒木の謀反事件 普段から自分よりデキる官兵衛をおもしろく思ってなかった政職は
「おまえ かしこいんだから有岡城行って 村重 説得して来いよ」と 官兵衛を差し向けます
そして荒木方には 「官兵衛行かせるから 好きにして!」と 通報
おかげで 官兵衛は殺されはしなかったものの 一年間 日も当たらぬジメジメした土牢に幽閉されてしまいます (↑写真が「有岡城祉」ですよ)
全然 帰ってこない官兵衛に怒った信長は 人質に取っていた官兵衛の息子
幼い松寿丸を 「殺してしまえ!」と 命じました
この時 信長を必死でいさめたのが 竹中半兵衛
こちらも 秀吉の名参謀ですね
でも怒った信長を 止めるなんて しょせん無理!
すると半兵衛は 「殺した」と嘘をついて 松寿丸を自分の城にかくまうんです
松寿丸は 後の「黒田長政」 あやういところを 助かりましたね
さて 1年後やっと助け出された官兵衛は 足も立たず
皮膚は 病みただれ さしもの信長も 涙ぐむほどの有様だったといいます
しかしこの時の 変節しない態度が認められて
1万石の独立大名となるんです
右近との出会いは この時だったのでしょうか
官兵衛父子は キリシタンとなり 「シメオン」「ダミアン」という
洗礼名までもらっています
もちろん 賢い官兵衛のこと 秀吉がキリシタンを嫌いだすと
さっさと 棄教したといいますが・・・・
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by tukitodoraneko | 2007-07-29 12:11 | 江戸のあれこれ

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