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信念のひと ジュスト

ザビエル一行が最初の伴天連来日ですが その後も続々とやってきました
1556年 ガスパル・ヴィレラ 豊後に上陸
この頃 豊後は大友宗麟の保護下 キリシタンも増えていましたし
アルメイダくんも 活躍してましたね
しかし ヴィレラは先任者のトーレスから とにかく京都へ!と
京都布教をまかされ ロレンソ・了斎と共に 京をめざします
翌1560年には 苦労の末 将軍・足利義輝に謁見し
砂時計を献上して 京の布教を許されました
信念のひと ジュスト_f0122653_11214881.jpg住んだのは 四条坊門姥柳町 後に「被昇天の聖母教会」 俗に「南蛮寺」が建つ土地です
でも この時には「ほったて小屋」というのも おこがましいくらいのボロ小屋でした
雨・風が強い時は あぶないから外に出たってくらいのひどさ・・・でも二人は頑張りましたよ
ある時は 奈良の領主・松永秀久から 「自信があるなら うちに来て坊主と論争してみせてよ」という あぶないお誘いが・・・
松永さんは キリシタンに好意を持ってないとの噂でしたし ヴィレラが行くのは危険すぎる!と この時 ロレンソは一人で奈良に向かいました
そして そこは昔とったキネヅカ 理路整然と仏僧を論破し 
あらゆる疑問に立派に答えて見せました
この様子を見て 感動したのが 高山右近の父・友照でした
彼はすぐに ロレンソを自分の城にまねき
これがきっかけで やがて家族・家臣ともども ヴィレラから洗礼を受けることになります

高山右近 この時 12才 洗礼名 ジュスト
マニラに追放され 62才で客死するまでの50年間
一時も キリシタンであることをやめなかった「信念の人」の
これが 誕生の瞬間です

by tukitodoraneko | 2007-07-13 12:07 | 江戸のあれこれ

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