平清盛 第33回「清盛、五十の宴」

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週末は大河ですよー
さて太政大臣となった清盛は わずか三ヶ月で退任
「前(さきの)太政大臣」となります
この辞任とともに 平家の家督や軍事・警察権は嫡子・重盛に譲られました
ところが 翌 仁安3年(1168)清盛 50才の時
2月のことですが 清盛は「寸白(すはく)」といわれる寄生虫による病で 
高熱を発し 9日の朝には「危急」という事態にまで陥ります
この二日後 おそらく死を覚悟した清盛は 妻・時子とともに
天台座主・明雲(みょううん)によって出家してしまうのですね
とうとう 清盛 坊主になります!
法名は 静蓮(じょうれん) のち浄海とあらためます
この時から 清盛は 太政大臣の唐名=相国が 出家したという意味で
「入道相国」と 呼ばれるようになります
清盛の急病は 武士・公家 だけでなく後白河上皇にも影響を与えました
上皇は 熊野詣を切り上げ 清盛の見舞いに飛んできます
清盛に反感を抱く 右大臣・兼実さえ 天下が乱れることを思って
不安を 表明していました
誰もが その権勢に反感を抱きながらも 清盛=平家なくして
世は治まらないということを自覚していたわけですね

今日はここまで
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by tukitodoraneko | 2012-08-26 10:44 | 大河ドラマ

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