家康は将棋十段!?

つい最近の読売新聞に「家康に将棋の十段位!」という記事が載っていました
お読みになった方はいるかな?
f0122653_13121077.jpg今から400年前の慶長12年(1612)初代名人
大橋宗桂は 家康から50石の俸禄を頂戴しました
これを記念して 今年は「名人位400年」
家康に感謝の気持ちをこめて 名人戦の前夜祭で
「十段位」が 徳川宗家19代の徳川家広さんに
贈られたんですね
宗桂さんは 京都の町人の出だそうですよ
家康は 宗慶らを 駿府城に呼び 囲碁・将棋を
楽しみました
当時は 両方できるのが当たり前だったのですね
f0122653_13292177.jpg始めは「碁将棋所」といって一つの機関だったといわれています
そこを治めていたのが 本因坊算砂 →
信長・秀吉にも仕えた 日蓮宗の僧侶です
法名は日海といい京都の寂光寺の塔頭・本因坊の僧侶だったのです
このころ初代の安井算哲も 一緒に駿府で碁を打っていたんですね
本因坊では 「天地明察」に出てきた道策
そして 安政のコレラで亡くなった本因坊秀策が有名です
f0122653_1493489.jpg秀策は「ヒカルの碁」でも有名になりましたね
囲碁の話としては 本能寺の変の時 日海と信長が碁を打っていて「三劫」ができたという言い伝えがあります
劫(こう)というのは 延々と交互の取りあいが続く手詰まりなんですが これが一つの盤上に三ヶ所もできるのは めったにないことです
マージャンの国士無双 ゴルフのホールインワンみたいもんですね
これが 本能寺の夜に起こったというので
以来「三劫」は 不吉の前兆とされています
↑ 上の写真は 秀吉と家康が碁を打ったという蒔絵入りの碁盤 
京都・養源院にあります
私は 囲碁も将棋も とうとう覚えられなかったけど
亡き父は どちらも結構な腕前でした
囲碁や将棋のできる男の人って かしこそうで かっこいいですね
ピアノが弾けるのと同じくらい 女性受けがいい技能ですので 
この際 ちょっと頑張ってみてくださいねー

   
 
[PR]

by tukitodoraneko | 2012-04-19 14:16 | 江戸のあれこれ

<< 平清盛 第16回「さらば父上」 天地明察 >>