江戸時代は長い!

江戸のことを いろいろ調べていますが 一口に「江戸」と言っても
とにかく幕府が開かれてからでも 270年近くあります
この270年というのが くせものなんですねー
試しに 今現在から270年前を数えてみると 1740年代 
元文といって八代将軍吉宗さまの頃 まだ江戸中期の時代なんですね
それから 江戸がまだ百年続き 明治・大正・昭和となって やっと平成です
今では 昭和のことさえ ひと昔前なんですからねぇ・・・ 
そのように考えてみると とにかく江戸といっても一様には語れません
江戸を勉強しようと思っている時 よく陥る落とし穴が ここにあります
たとえば文化文政頃 時代・歴史考証というのが 流行ります
山東京伝はじめ いろんな人が いろんなことの考証を始めるのですが
これが やはりその時代からすれば 100年以上前のこと
すべて 合っているとは限らないのですね
江戸時代に書かれた 江戸についての話だから 正しいだろう・・・
これが結構な 落とし穴です
一番いいのは その時代の人が その時代のことを書いたもの
それだけを 資料とすれば問題ないのですが これにも風聞が混ざり
あてにできない点も ままあります
私が 最初にしたのは 江戸を特異な文化で いくつかに大別すること
そうしておいてざっくりと流れをつかむのが 一番わかり安いかと思います
f0122653_1535049.gif例えば 元禄以前の吉原を例にとって見てみましょう
← 行きかう男たちは みんな武士です
これは初期の江戸が 武士の町だったからですね
やがて 徳川政権が安定し 参勤交代が始まると
今度は 各地の大名たちが 客となります
高尾を請け出したのも大名ですし この頃の花魁は
「大名道具」とも言われました
それが明暦の大火があり 江戸のほとんどが焼き尽くされると
巻き起こった建築ラッシュで 武士以外の新興勢力が起こってきます
紀文 奈良茂・・・大門を閉めたお大尽は 二人とも材木屋でした
この辺りが いわゆる元禄文化の時代ですね
これ以降 町人と武士との経済力が徐々に逆転し始めていきます
享保の改革で 吉宗はなんとか 武士経済の建て直しをはかり
町人には 飛鳥山 墨堤を整備し 新たな観光地を作ったりと四苦八苦
しかし それでも武士の経済逼迫は止まらず やがて蔵宿と呼ばれる金貸しに
首根っこを押さえられてしまうようになっていきます
この蔵前の金貸しから 十八大通と呼ばれる人種が生まれるのですねー
天明になると こうした町人の富裕層と 江戸生まれの武士たちの間で
江戸根生いの文化が生まれてきます
狂歌の流行 留守居茶屋と呼ばれた豪華な料亭ができるのも この時代です
f0122653_15301686.jpgこの頃になると 吉原の座敷にいるのは
商家の若旦那や 文人を兼ねた下級武士などになっていきます
江戸独自の文人サークルといったものが出来ていくんですね
私が好きなのは この時代から 11代 園芸大好き家斉の時代
化政文化と言われる 文化文政くらいまで
寛政の改革で打たれ 天保の改革でとどめをさされ 江戸は徐々につまらなくなっていきます
幕末 ちょっときな臭くなってきた頃は もう江戸の落ち目時代なんで
あまり興味ありませんね
長ーい江戸時代ですから 自分の好きな時期の江戸のことを
追いかけていくのも なかなか楽しいと思いますよ 
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by tukitodoraneko | 2011-06-13 15:46 | 江戸のあれこれ

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