氷のついたち

もう一つ 6月1日の行事 「氷室献上の儀」についてお話しましょう
今は 暦の関係で7月1日になっていますが
江戸時代には 「氷の一日(ついたち)」といえば 6月1日のこと
f0122653_12314720.jpg一番有名なのは 加賀百万石のお国から献上される氷ですね
これは 普段10日かかる道中を 5日で走破
途中途中の氷室で 冷やしなおしては運んだそうですよ
筵(むしろ)でくるみ 二重の箱に入れ 低温を保って運んだといいますが 江戸に着いたときは どのぐらいの大きさだったでしょう 当時は この氷献上の行列を見に 多くの人が集まったといいますよ
加賀藩が 本郷の上屋敷に氷室を作ってからは
冬場に運んだ氷を 6月1日当日に 江戸城に運ぶようになったといいます
この氷献上 加賀藩の専売特許ではなく 富士 奥多摩からの献上もあったとか
富士は あの有名な氷穴から 持って来たそうです
あそこ 真夏に行っても寒いですものね
この他 幕府の式典を書いた「徳川礼典録」によりますと
吹上のお庭にも 氷室があり 「氷室御祝儀」といって
御三家方はじめ 老中・若年寄に下されたということです
もちろん大奥にも献上されていますが 「江戸城大奥」によれば
 しょせん 雪を固めたもので 土や葉など混じり きれいではないので
 御台様は手をつけず 分け下される
と 書いてあります
「枕草子」には 薄くけずりて あまづら(植物からとった甘味料)をかける・・・
とありますので 清少納言の時代には カキ氷みたいに食べたんでしょうにね
幕末の医師・桂川甫周の娘・とやは 「お氷の日」と言っていて
この日は 父・甫周が 常より早く登城して頂いたのを
家では 心待ちにしていて 浅黄のお布巾の上に 一寸角のをもらったのですが
自分の部屋に持ち帰ると もう半分になっていたといいます
3cm角なら そんなものでしょう
でも当時は ひと夏に たった一度くらいのもので 一般の人たちに
行き渡ることは なかった・・・と書いています
今は 製氷機から 勝手に落ちてくるもんだと思ってますから えらい違いです
さて 大田南畝の「一話一言」では この日は 半期の元日ということで
「氷もち」を食べて 祝ったとあります
この氷もち 特別のものではなく 正月の餅を 水につけたり 冷暗所に置いたものを
この日に また食べるという習慣です
6月1日は 「氷の1日」・・・「氷室御祝儀」と 覚えておいてくださいね
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by tukitodoraneko | 2011-06-04 15:05 | 江戸の食文化

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