浅草 砂利場の富士

えー もうすぎてしまいましたが 5月30日と6月1日とは「富士講」の日
この日は 江戸時代 市内各所にあった作り物の富士に 庶民が参詣しました
有名なところで 駒込富士 高田富士 深川富岡八幡の富士など
今日は その中で 浅草富士の話にしましょう
f0122653_11271164.jpgこの地図は南北反対なんで 浅草寺の北(下)に 六郷筑前守というお屋敷がありますね
浅草富士は もともとこの六郷家が
上屋敷内に勧請したもの
庶民が参詣できるよう 通りから小道をつけて 独立させたのが東(左)隣の
不二権現です
すぐ北(下)は 砂利場の市中でしたので
砂利場の富士ともいわれます
しかし 他の富士さんにくらべ ここは
狭い路地の突き当たり
出店なども並ぶし 片側は六郷家の屋敷の塀なので 万一の狼藉に備えて 
六郷家の足軽が並んでいました
そのせまいこと 当日は立錐の余地もなかったといいます
それでもここが流行ったのは 場所が
f0122653_11421733.jpgよかったからですね
盛り場 浅草寺も近ければ 芝居と吉原 
両悪所にはさまれて なかなか粋なお土地柄だったのです
現在も 浅草警察の隣に 浅間神社として
残っています →
向かいの台東区立小学校は 「富士小学校」と いいますよ
今は 悪所もなくなり 浅草寺の喧騒を離れて
すっかり物静かな土地になってしまいましたが
当時の賑やか振り ちょっと再現してみましょう
  
   おいおい ずいぶんきばったな 下ろしたての浴衣じゃねえか
   吉原つなぎかい ふーん しゃれたもんだ
   吉原といえば 女郎衆も来てるぜ 豪勢じゃねえか
   見ろよ あすこだ 外慣れないから しおらしいもんだ
   しかし あの棒だら(酔っ払い)は しょーがねえなあ
   六郷さまの足軽にからんで 振舞い水を頭から振舞われてら
   どうも しょうもないね
   しょうもないといやあ とめの奴 芸子にあいそを言われて
   あんなとこで じべたに足の指で のの字 書いてらあ
   かかあに 言いつけてやろう
   あの調子じゃ 麦わらのヘビも 買わずにけえっちまいそうだ
   おっと 神楽がちけえぞ さっさと頭を払ってもらって
   おれらも もちっと北のあったかい国に 迷いこもうぜ
 

と こんな感じだったでしょう
富士講の日は どこも善男善女で 大変な賑わい
ここから駒込に 二ヶ所続けて参詣する人も多かったといいますよ
では 今日はこの辺で・・・・  
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by tukitodoraneko | 2011-06-03 12:26 | 江戸のあれこれ

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