「井関隆子日記」を読みたい!

先日の地震で 九段会館が一部崩落し 大変でしたね
見るからに古い建物だったので もう少し保存と使用方法に気をつけていればよかったのに・・・
と 残念に思います
f0122653_12121970.jpgさて今日は 江戸時代 この九段会館の真向かいに住んでいた
旗本の話にしましょう
切絵図のところ 井関次郎衛門と書いてあります
この家に 文化11年(1814) 同じ旗本の庄田家から 後妻に来た
隆子さんは 天保11年(1840)56才の時から60才で亡くなる4年間 丹念に日記を書き綴っています
この日記がおもしろいのは 明治2,30年代になってから 多く出版された「旧事諮問録」系の 古老に
f0122653_12311852.jpg聞く 旧幕時代の思い出と違って 江戸の天保前後の事象を 「今」の目線で書きとめていることです
そして 書き留めたのが女性であり
この日記を 出版どころか 人に見せることを想定して 
書いてはいないのが 大きな特徴です
その分 自由に 当時のありのままを書き 自分の感想も
のびのびと記しているのですね
その上 この方は 絵もうまい! →
ある日見た 住職に戯れかかる陰間(男色相手)を絵に描いたもので 「卑しくて 片腹痛し」なんて 痛烈な批判も書いています
彼女の嫁いだ井関家は 代々将軍家の近くに仕える家柄で
大奥の御広敷(役所)や 小納戸などを勤め 主に11~13代の家斉・家慶・家定の時代のことが 多く書かれています
驚くのは こういう勤めの人の家族は とにかく城内の消息に詳しい!ってこと
そりゃあ 毎日おそばに仕えているんだから 当たり前かもしれませんが 
当時は極秘であったことなども 隆子さんは平気で日記に書いてしまいます
大御所・家斉の死についても 公表は1月末だったものを すでに10日の日記で 
「7日に亡くなられた」と書いているのです
「後の処置が大変なので 世間には秘して 普段どおり 家慶さまも(大御所が在世のように)
西の丸に通われているが 大方は世間にも漏れ ひっそりとして 物音を立てるものもない」
これは 近侍する旗本の家族でなければ わからないことですね
この他にも 当時の行事・慣習のことが詳しく書かれていて
両国よりも華やかだったという佃島の花火のこと 
寒の入りの日の挨拶回りのことなど 私はこの本で初めて読みました
そして この隆子さんは 天保の改革や 水野忠邦の罷免なんて
政治向きのことも 家族から聞き込んでは すぐに日記で批判
実に 闊達で 元気な女性なんです
残念なのは これが一冊しかない日記で 過去に一回 本になりましたが
当時でも 4千5百円×3冊という結構なお値段の豪華本だったこと
部数も少なかったのでしょう 現在 古本サイトでは一冊 7万円前後です
3冊買えば 21万円ですからねー・・・・
近くの図書館には 置いてないし ほんとに残念です
私は 深沢秋男氏の書いた新書版や 研究書を読んだだけです
本は 秘蔵したり 飾ったりするものではなく 広ーく大勢の人に読んでもらうため
にあるのだよ・・・というコンセプトの元 
なんとか廉価版で復刻を・・・!と願っていますよ
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by tukitodoraneko | 2011-05-04 13:23 | 本の話

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