伝法なアネゴをめざしてみる

f0122653_1751235.jpg今年の全国の「桜まつり」は この非常時を受け 
全て中止になりましたね
浅草三社祭も中止になるようです
多くの人を集める行事は しばらくできそうもありません
警備や消防も 今の東京では出払っているので
仕方のないことです
かわりにといっては何ですが 4月28日まで
伝法院のお庭と絵馬を 公開しています
ここは 仲見世を歩いてると 左側に付属幼稚園があって 園児のお迎えなどでにぎわっていますので
ご存知の方も多いでしょう
あの裏側に 普段は非公開の3千6百坪のお庭
ひっそりと隠れているのですねー
江戸時代 浅草寺は「金竜山浅草寺伝法院」と称していました
f0122653_1725249.jpg切絵図が雷門ですから その左手が 伝法院
当時から ここは浅草寺住職の僧坊=住居でした
江戸の貞享のころ 浅草寺は寛永寺の管轄化に変り
その時から 寛永寺の宮様が兼帯で管主となりました
輪王寺宮ですね 何と言っても天皇の御子ですから
それ以来 このお庭はちょっとやそっとじゃ入れません
現在でも 特別公開の時期
そして年一度の「投扇興」の大会の一日だけは
一般の入場ができます
投扇興って 聞きなれませんね
雅(みやび)会というところで 保存のため行っている
開いた扇をひらひらと飛ばし的を狙う雅な遊びですよ
毎年 4月の初め頃・・・去年は11日でした 
しかし 絵馬の方はなかなか公開してくれませんね
浅草寺は 古くからのお寺なので 奉納絵馬も
250枚くらい 伝わっています
絵馬といっても 今の「合格祈願」とか「〇〇クンと
結ばれますように!」とか 書いてぶらさげるものじゃありません
f0122653_18281967.jpg江戸時代には 有名人が大型の絵を奉納して
参拝客は それを見るのも楽しみのひとつ
絵馬堂は 江戸のギャラリー(画廊)みたいものだったのですね
「江戸名所図会」にも 当時すでに6、7百年はたったであろう
古絵馬の話が 載っています
この絵馬から 毎夜馬が脱け出して田畑を荒らすというので
名人・左甚五郎が 手綱を描き添え つなぎとめたという
伝説があったそうです
← 三年前にも 一度公開されましたね
今回は また別の絵馬を見せてくれるといいな
名所図会の挿絵を描いた長谷川雪旦の「しころ引き」
国芳の「1ツ家」 柴田是真の「茨木」
鳥居清元の「関羽」もあるとか・・・
今 どこの盛り場も 文字通り 灯が消えて
人通りも無い さびしい東京ですが
浅草に行って 「伝法」な元気をもらってこようかな
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by tukitodoraneko | 2011-03-28 18:49 | 東京

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