天災の歴史
2011年 03月 26日
今日・明日は 計画停電がお休みです ちょっとホッとしますねー
でも 二週間ぶりに掃除機使おうと思ったんですが なんだかもったいなくて
やっぱり ぞうきんがけにしてしまいました
どんどん 江戸化していくなー・・・
そのうち 多摩川で洗濯しそうです
地震の翌日の新聞
先っぽの曲がった東京タワーの写真 びっくりしましたねー
帰宅難民だった時から 回りの人たちが 携帯やらアイフォンで
いろんな情報を教えてくれました
「九段会館で人が死んでる」 「お台場炎上」
「中野区で家が全壊」などなど
その中に 東京タワーの件もありましたし
浅草寺の五重塔が・・・と言う話もありました
え~!?それじゃまるで 安政の大地震といっしょだなー!と
思って 聞いていました

安政(1855年)の時も この五重塔の九厘とよばれる
てっぺんの部分が折れ曲がり 大評判でした
五重塔自体は 当時の耐震構造
中心の柱を 土台に固定してないので
揺れることは揺れますが 崩壊しにくいんです
さすが地震大国!というべき技術ですね
当時の瓦版によれば 山内の中小の堂は 被害が
あったが 本堂が何事も無かったのは
観世音の守護・・・ということです
そして今回の地震では 九厘の先っぽに玉が二つあったのですが
そのうちの一個が 落ちただけ
もっと軽い被害で済みました
ラッキー・・・ではなく 観音様のおかげでしょう
しかし 残念なことに本当は明日 私たちがツアーで行くはず
だった常磐橋は
崩壊の恐れあり
まあ もともとちょっと崩落しかけた橋 → だったのですが
東京では 最古の石橋だったので お見せできなくて残念です
他にも 堀の石垣の一部 田安・清水門も土壁の崩落など
貴重な文化財にも 被害が出ています
歴史の記録を見ていますと 本当に 日本の歴史は
天災の歴史だなと思えるほど たくさんの悲惨な記録が つづられています
だけどそれはまた 天災からの復興の記録でもあるのです
全ての天災を乗り越えて 今の日本があるということ
忘れずに 私たちも前に進みましょう
いつか この日々が 歴史の中の1ページになる
そんな日が 必ずやってくると信じています
でも 二週間ぶりに掃除機使おうと思ったんですが なんだかもったいなくて
やっぱり ぞうきんがけにしてしまいました
どんどん 江戸化していくなー・・・
そのうち 多摩川で洗濯しそうです
地震の翌日の新聞先っぽの曲がった東京タワーの写真 びっくりしましたねー
帰宅難民だった時から 回りの人たちが 携帯やらアイフォンで
いろんな情報を教えてくれました
「九段会館で人が死んでる」 「お台場炎上」
「中野区で家が全壊」などなど
その中に 東京タワーの件もありましたし
浅草寺の五重塔が・・・と言う話もありました
え~!?それじゃまるで 安政の大地震といっしょだなー!と
思って 聞いていました

安政(1855年)の時も この五重塔の九厘とよばれる
てっぺんの部分が折れ曲がり 大評判でした
五重塔自体は 当時の耐震構造
中心の柱を 土台に固定してないので
揺れることは揺れますが 崩壊しにくいんです
さすが地震大国!というべき技術ですね
当時の瓦版によれば 山内の中小の堂は 被害が
あったが 本堂が何事も無かったのは
観世音の守護・・・ということです
そして今回の地震では 九厘の先っぽに玉が二つあったのですがそのうちの一個が 落ちただけ
もっと軽い被害で済みました
ラッキー・・・ではなく 観音様のおかげでしょう
しかし 残念なことに本当は明日 私たちがツアーで行くはずだった常磐橋は
崩壊の恐れあり
まあ もともとちょっと崩落しかけた橋 → だったのですが
東京では 最古の石橋だったので お見せできなくて残念です
他にも 堀の石垣の一部 田安・清水門も土壁の崩落など
貴重な文化財にも 被害が出ています
歴史の記録を見ていますと 本当に 日本の歴史は
天災の歴史だなと思えるほど たくさんの悲惨な記録が つづられています
だけどそれはまた 天災からの復興の記録でもあるのです
全ての天災を乗り越えて 今の日本があるということ
忘れずに 私たちも前に進みましょう
いつか この日々が 歴史の中の1ページになる
そんな日が 必ずやってくると信じています
by tukitodoraneko | 2011-03-26 15:32 | 東京

