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天下泰平 満月のご祭礼

向島ツアー まだまだ続くんですが 今日は八月十五日
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天下泰平 満月のご祭礼_f0122653_934226.jpg陰暦当時はお月見ですし 昼間は
←これ!深川八幡宮の祭礼ですね
八幡宮の氏子はこの日は朝から大忙し
祭と月見の準備に 大わらわ
ここの神輿は 紀伊国屋文左衛門が
寄進したという金無垢のおみこしです
まー セレブというか成金というか・・・
震災で三基とも燃えてしまいましたが 今は一基再現されていますので 目の保養にいかがでしょう
月見は 太陽暦になって一月ずれてしまいましたが 祭礼は今でもこの日にやっています
祭に最初に「芸者の手古舞」を 取り入れたのはこの深川です
深川の芸者衆と言えば 都の南東ですから「辰巳芸者」
または 「羽織芸者」ともいいます 当時は 女の人は羽織を着なかった時代です
この深川では 名前も「〇〇吉」などの男名前を使う芸者が多かったんですね
辰巳芸者は その男っぽいいでたちが「売り」だったんです
また祭の日は 町々で競って大幟(おおのぼり)を上げたので「のぼり祭り」とも呼ばれました
上の絵は 北斎の「東都勝景一覧」の中の一枚
八幡宮の門前は 一の鳥居から三、四町にかけ 茶屋・料理屋が軒を連ねていました
それらしき家から 渡御する神輿に向けて 景気よく「おひねり」が飛んでますね
今は真夏のことで 「水かけ祭」になっていますが お金が飛んでくるのも豪勢でいいな
左の「祭礼」と書かれた幟は 有名な書家「三井親和」が 揮毫した「篆書(てんしょ)」
といわれる字です 
文化四年 八月十九日 天候不順などで順延になった祭が 始まるというので
どっと永代橋に押しかけた群集は 橋の崩落で1500人以上が犠牲となりました
これは 橋が途中から無いのに気付かず 詰め掛けた群衆が止まらなかったためですね
一人の侍が 機転を利かし 刀を抜いて「止まらねば切るぞ」と 大声を上げなければ
もっと犠牲者が 増えただろうと言われています
この他にも 財布をすったスリが溺れ死に 持ち物から人違いをされたまま
葬儀を行っていると 財布をすられた本人が 帰ってきて 「自分の葬儀」にびっくり仰天
なんていう 落語のような話も残っていますよ

   永代の話にせんと祭礼を 見に行く人は 見ず(水)に死にけり

あらー 月見の話をするひまが なくなってしまいました
ま、これは 陰暦では来月ですので また明日ってことで・・・

by tukitodoraneko | 2009-08-15 12:09 | 江戸のあれこれ

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