旅立ちの朝

日本橋から始まる旅 そろそろ行ってみましょうか
しかし 実際に現在の地を歩くことは たくさんの方が 本で ネットで
詳しい道筋と写真をのこしていてくれます
私は 地図も江戸時代の切絵図を使って できるだけ当時の人々の旅に
近づけるよう やってみたいと思います 
f0122653_11105176.jpg

この絵は 「東海道名所図会」の日本橋
下半分は すべて魚河岸の風景で その活気ぶりがよくわかります
朝のうちに千両かせぐ と言われた魚河岸があっては
当時の旅人も 静かな旅立ちとは行かなかったでしょう
特に当時の旅は ほとんどが自分の足が頼り 
たまに他人の足(駕籠)や馬の脚に頼るぐらいなので
とにかく早く旅立ち 明るい内にできるだけ距離を稼ぎます
お江戸 日本橋 七つ立ちと言ったのは こういうわけで
夜明け前の暗いうちに どっと旅立つのですね
f0122653_17341050.jpg←この写真は明治5年
まだ木製で アーチ型の 江戸に最も近い頃の
日本橋の写真です
イメージとしては 
今の高速下のものより
ずっとマシでしょう
こんな風に高い建物など
何もなく どこまでも
見通しのいい しかし
まだ真っ暗な日本橋を渡り
(もちろん提灯を持って)
当時の旅は始まります
しかし ほとんどの場合は
見送りの親類・友人が一緒
今よりも 旅行がずっと面倒で危険だった当時 
旅立つ人には大抵 見送りが「高輪」か その先の品川あたりまでも 着いてきました
中には ついでに品川の飯盛りと遊んでゆく猛者もいましたよ
大田蜀山人や 芭蕉も ここまで送ってくれた家族や弟子達のことを
書き残しています
もちろん 行きの見送りだけでなく 帰りのお迎えもありました
そんなこんなで 日本橋から 高輪 品川までは
いつでも 行き来する人波でいっぱい と言う感じだったでしょう
春先からは これに参勤交代の大名行列も加わります
一人旅の情緒なんて 残念ながら 現代の産物のようですよ
この頃の 「旅立ち」はあくまで お祭り騒ぎなのでした
[PR]

by tukitodoraneko | 2009-02-09 11:24 | 東海道五十三次

<< 日本橋を出発 新橋まで NHK大河 天地人 第6回 「... >>