14日年越と 上元の日

昨日 1月14日は「14日年越し」 そして今日15日は 「上元(じょうげん)の祝い」です
どちらも もう東京では聞かなくなってしまいました
江戸時代は 太陰暦 陰は月のことですから 月の満ち欠けに合わせて
暦が あったんですね
だから「望の日」=望月(満月)の日 つまり15日を 年の改まる日と
意識していました だからその前日 14日が年越しの日となったんですね
この日何をするかというと 外に飾った松飾や 注連縄(しめなわ)は
6日の夕方にかたづけてしまうのですが 家の中に残っていた飾りを
この日にすべて 取り去り かわりに「削り掛け(けずりかけ)」というものを
とりつけるのですね
f0122653_1293090.jpg削り掛けというのは←こういうものです
木の枝の皮をむき 一方の先を細く
そぐようにしたものです
紙が貴重だった時代 「御幣」の
代わりをしたもののようですよ
神社でお祓いをしてもらう時に 
見たことあるでしょう
あの白い紙がいっぱい下がったのが 
「御幣(ごへい)」ですよ
これを 今まで残っていた正月飾りのかわりに 家々でかざったそうです
例外は 江戸城の御門と 
寛永時 増上寺の二つの霊廟のみ
あとの「門ある家」では すべてこれを付け この習慣のないのは 
「一向宗」の門徒だけだったということです
翌15日は 「上元」といい 小豆粥を食べる日でした
今は7月15日の「お中元」の風習しか残っていませんね
この小豆粥 京阪ではお粥をたべなれているので 薄い塩味だったそうですが
あまり食べない江戸では 嫌いな人が多く お砂糖を入れて食べたそうですよ
こういうところが 関西の人に 「味が濃い」とか「醤油で煮詰めたようなうどん」
とか バカにされちゃうんですねー
たしかに 「鴨南」以外のうどんは 西の方が格段においしいですね
おでんも昔は 「関東炊き」と言われて やっぱりおつゆが
お醤油で真っ黒だったそうです
今は 健康に気を使うようになってきて 全国的に薄味です
昔 おばあちゃんの作るうどんは やっぱり汁が真っ黒でした
あれはあれで なつかしいですけど・・・・
最近は 東北の方も薄味ですか?
それと 関西を跳び越して もっと西 たとえば鹿児島あたりは
また 味付けが濃そうなんですが 地元の方いかがでしょう?


 
[PR]

by tukitodoraneko | 2009-01-15 13:17 | 江戸のあれこれ

<< 江戸の薮入り 江戸の「初卯詣」 >>