江戸のお年玉

なんだか あっという間に「正月休み」も終わり 家人はもう働き始め
今日はもう 「6日」なんですねー
今年こそ 毎日の行事をキチンと書いていこうと思っていたのに
まあ なんていうことでしょう・・・この怠け者!
と 自分を叱って 遅ればせながら「お年玉」の話をしましょう
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江戸時代は 上の絵のように 年賀状の代わりに 実際に各家を訪ねて
年賀の挨拶=年礼を行っていました
その時に持っていくのが 「お年玉」で 今のように子供にあげる金銭ではありません
気持ちばかりの粗末なものが多く 貝柄杓・鼠半紙・塗箸・扇箱などです
貝びしゃくというのは 今で言う「おたま」のことですね
先の部分が「とこぶし」などの貝殻で そこに木の柄をつけたもの
鼠半紙というのは ねずみ色のそまつな半紙のことです
扇箱も1本入りと2本入りがありましたが どちらもすぐにこわれてしまうので
「ばらばら扇」なんていわれていました
それさえ やがて形骸化して 箱の中には「串2本」
何か入ってる音さえすれば いいやってことになっちゃいました
この「扇箱」は大晦日に 売りに来ますが
まだ 正月のうちに 「扇箱 お払い」といって もう引き取りにくるんです
形ばかりの箱が くるくる回っていただけなんですね
それでも 医者の家では この扇箱を井桁に積み上げ
患家の多さを 誇りました
この年礼 二日の日から十五日ごろまで続き
多い家では 数十軒 少なくとも十軒程度は 挨拶に回りました
上の絵は 商家の年礼ですね
商家の主人でも 年賀の挨拶の時には 紋付小袖に麻裃
脇差の一本くらいは差しました
大店の主人だと 供も小僧と鳶の棟梁 二人を連れています
そして 挨拶の言葉も「明けましておめでとう・・・」になったのは 近年のこと
当時は 「御慶(ぎょけい) 申し入れます」と 言いました
また親しい親戚の家などでは 上がって一杯呑んだりもしますが
儀礼だけの場合は 玄関先で「年始帳」に名前を書いてくるだけです
酒好きは 一杯が二杯、三杯となって 一日で二、三軒も回ればべろべろですが
その点 下戸は 年始回りもとっとと 済ませてしまいます

   下戸の礼 四谷 赤坂 麹町

まあ 一日で 随分 回っちゃいましたね
私だったら 四谷でもう つぶれてるな・・・・

また僧侶の年始回りは 4日からと決まっていて
持ってくる「お年玉」は なんと「納豆」でした
このほうが 食べられるだけ ましでしょうか
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by tukitodoraneko | 2009-01-06 09:06 | 江戸のあれこれ

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