ねぶた祭 青森

f0122653_13153287.gif今ちょうど「ねぶた祭」の最中ですね
怪談よりも こっちを書かなくちゃ!
さて 今も大きく残るのは「青森ねぶた」「弘前ねぷ(pu)た」「五所川原 立佞武多(たちねぶた)」の三つでしょうか
青森市の右上の赤点は「浅虫ねぶた」
青森ねぶたの原型はこちらと言われています
ねぶたは 七夕の燈籠流しが起源というのが通説です
燈籠と共に この時期のだるさ・眠たさを一緒に流そうという
f0122653_1123916.jpgので 眠た流しとも言われたのですね
ですから この地方では まだ各地に
ねぶた祭りが続いています
他の所みたいに 派手じゃないだけでね
これが「浅虫ねぶた」ですよ →
青森同様 刀を持った武者が多いです
病を払う時には 多く武者絵が使われますね
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「動の青森」に対して 「静の弘前」は 扇型が主流です
弘前藩初代 津軽為信(髭の!)の幼名が「扇」だったからと伝えられ 台下の花が 全て牡丹の絵がらなのも 津軽家の家紋を模したからだそうです
「ねぷたは流れろ 豆の葉は止まれ いやいやいやよ」
古くから伝わる「ねぷた歌」の いやいやよが「やーやどー」という掛け声に変わったといわれています
これに対し 青森の「らっせらー」は 「出せ出せ」から変化したとか
七夕の時期 燈籠に使う蝋燭を集めた事に由来するようです
函館育ちの家人は 子供の時 七夕の「蝋燭ちょうだいな」に いってお菓子をもらった
経験があるそうです
さすがに「出せ」とはいわなかったようですが ちょっとハロウィーンの
「トリックオアトリート」みたいなんでしょうか
f0122653_11475219.jpg五所川原の立佞武多 →は 祇園祭の山車みたいですね
疫病流しの意味も込められているのかな
屋台の下の「雲漢」は 天の川のこと
七夕には つきものですからね

私はまだ行ったことないんですよ「ねぶた」
皆さんは どうかしら? 今 青森だよ、って方もいるかしら?
猛暑の中 「寝ブタ」化している私は いっそ天の川に流されたい・・・
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# by tukitodoraneko | 2015-08-05 12:00 | 祭と歳事 | Comments(2)

夜は 神造る

一口に「怪談」と言っても 老若男女それぞれに「怖さ」の基準が様々です
しかし 共通するものがただ一つ   それは「闇」に対する本能的な恐怖なのですね
古来 夜は「神の時間」だったのです 
人は その闇の時間を 眠りによって やりすごします
神のお告げが 夢によってもたらされるのも それが神の時間帯であるからです
「日本書紀」に ヤマトトトソ姫の墓=箸墓は
「昼は人造り 夜は神 これを造る」と あります
この一節だけでも ちょっとゾクッとします
姫は 三輪山の神に嫁ぎ その姿(小さな蛇)を見て驚いたため
神の怒りに触れ ホトに箸がささって亡くなります
箸墓古墳は 人だけでなく 神が造った墓なのですね

それほど 怖ろしい夜がやってくる気配が漂う時間=黄昏時=逢魔ヶ刻
昼と夜とが、人の時間と神の時間が 入れ替わる時 異界の扉が開きます
この世とあの世の境目が 曖昧になる時間とも言えます
怪談の極意も ここにあるかと思うのです
血みどろの幽霊が出てくるよりも 惻惻とせまる 恐怖の予感の方が
私は怖いですし 好みです
そういう意味では 内田百閒の短編 夜の山道の話 怖かったですね
タイトルは忘れました この暑い中 わざわざ二階の書棚で 本探すのイヤです
前 この話した時 「あ、井戸のそばの男ね!!」と 言った知人がいます
そうなんです 真っ暗な山道で 道連れとなった不気味な男の話です
たぶん 文章がうまいのでしょう と言っても美文調でもなく
淡々と書かれているのですが その加減が うまいのですね
怖がらそうとしているわけでもなく ごく自然に「嫌」な感じがし
徐々に 怖さがつのってくる感じが絶妙です
f0122653_13564353.jpgもう一つ 絶妙に怖い語り口 それが町奉行・根岸鎮衛が書きとめた「耳嚢」
もちろん単なる噂話や 傷薬の作り方や 流行りもののことなど 種々雑多な話題が多いのですが 
たまに挟まれる怪談が なぜかとても怖いのです
最初 私は 江戸検の勉強のため読み始めたのですが
夜 一人で読んでいてゾクッと 鳥肌立ちました
縁の下から 細い腕が貝がらを持って伸びてきて
手水の水を汲む話 これも幽霊が出てくるわけじゃないのに 怖い話です
そして 「小幡小平次」の元となった噂話
死んだはずなのに 一足先に帰って来た旅芸人の話がいいです
この二つは 杉浦日向子さんの「百物語」にないのが不思議です  
絵よりも 読む方が怖いからかなぁ
京極夏彦さんが 「幽」で 耳嚢の現代版を書いていましたが
残念ながら 本家の方が怖さにおいては 数段上ですね

あ、また長くなってしまった・・・!
続く、です
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# by tukitodoraneko | 2015-08-03 15:56 | 本の話 | Comments(0)

文学の極意は怪談である

三日も続けて幽霊の絵載せて 何なのよ、いやがらせ?
と お思いでしょうが ごめんなさいね  基本 暑くなると 怪談しか読みません
この分野は なかなか いい出物がないのよねー
        「文学の極意は 怪談である」 
という説 ご存知ですか?
佐藤春夫大先生が 対談で語ったらしいのですが かの三島由紀夫氏が 書き残しています
内田 百閒全集の前書きに書いたものですが ちょっと挙げてみましょう

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アーサー・シモンズは「文学で最も容易な技術は 
読者に涙を流させる事と 猥雑感を起こさせることだ」
と言っている
この言葉と 佐藤春夫氏の「文学の極意は怪談である」
という説を照合すると 内田 百閒文学は 人に涙も流させず 
猥雑感を起こさず しかも人生の最奥の真実を暗示し 
一方 鬼気の表現に卓越している


ま、その通り と 思えますね
お涙ちょうだいと エロ文学は 確かに 安直でもいいのです
「一杯のかけそば」でも泣けますし 後者はAVでもいいんだし
それに比べて 怪談の秀逸なものって なんと稀れであることよ・・・!
三島氏の絶賛する通り 内田百閒の短編のいくつかは 真にぞっとするいい怪談と言えます
怪談って「真実らしさ」のちりばめ方が 微妙に難しいんですよね
あまりに作りこみ過ぎると 「ファンタジー」になってしまうし
現実的過ぎると ただの「事件」になってしまう
その兼ね合いなのでしょうか 
都市伝説ブームや 「新耳袋」以降の実話怪談ブームもありましたが
どうも流行りすたりの範囲内で 怖いというより ちょっと不思議
もしくは 怖いよりも 「気持ち悪い」や「残酷」が強くなってしまう話が多いのですね
単なるホラーや スプラッタな話には うんざりだし 
お決まりの「人間が一番怖い」系の ストーカーだの 精神異常者の話じゃ 何の芸もない 
新聞の三面記事を読めば充分・・ということになってしまいます
それと これ女性作家に多いのですが すぐに寺社系の因縁に持って行ってしまう
祟りや怨念、あと「女の情念」に 頼り過ぎなのが残念・・・
(霊が)「視える」「視えない」に こだわる・・・というのも うんざりします
なんだろう 泣く・笑うのと違い「怖がる」というのは よっぽどの感情移入が必要なんですね

余計な要素はいらない ただ読むものを恐怖させる文学
それが怪談なんですねー

ああ・・・! 暑いから 怪談読んでるのに 怪談について 熱く語ってしまった!
それにしても 猛暑ですね
ここで 一回 〆ます   続きはまた!
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# by tukitodoraneko | 2015-08-02 15:21 | 本の話 | Comments(3)

幽霊美人コンテスト

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左:全生庵              中:バークレー校           右:九渡寺
顔だけ 並べてみましたが どうでしょう?
保存状態のせいか バークレーのものが際立って見えます
どれが 本物らしいかと言えば やっぱりこれ?
そして 向って右の目の黒目の位置?
バークレー(中)と九渡寺(右)は 右下を見てる感じですよね
全生庵のは なんとなくこれが前方を見てる感じ
口元の笑った感じも 中と右は近いような・・・・
村松梢風(孫に「時代屋の女房」の村松友視)「本朝画人伝」によると
大津に囲っていた妾のお花の病死後 その面影を描いたのが
応挙の幽霊画の始まりってことです
はかなさの中に 色気と 凄味のある美人幽霊
九渡寺のは 写真もぼんやりしてるんで 何とも言えませんが
あとは 好みなのかなあ・・・・
幽霊美人コンテストがあったとしたら あなたは上の三人 誰が一番好み?
一位に選んだ幽霊さんが 落語の「野晒し」みたいに
夜 お礼を言いに来てくれるかもよ! 
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# by tukitodoraneko | 2015-07-30 12:47 | 江戸のあれこれ | Comments(0)

応挙の幽霊

あ~ 毎日 ヘリが飛び交っていて いいかげんにしてほしいです
今度は あれが落ちないかと 怖ろしいんですけど・・・・
障害者1級の夫が 体調くずしてますので よけい心配です
ま、しかたないですね  誰も大変!
考えても仕方ないんで ブログでも書こう
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上の絵 二枚とも応挙の幽霊図です
左は 昨日も挙げた全生庵の圓朝コレクション
右は アメリカのカリフォルニア大バークレー校にあるものです
「応挙の幽霊」は あまりにも有名になっていますが
実を言うと 美術史家の間で 間違いなく応挙の真筆と認められているものは
一点もないのです
不思議に思えますが あまりにも有名になったがため
似たような絵が たくさん出回ったということなのでしょう
全生庵のものは 圓朝さんのコレクションだったので「おそらく本物」
と 思われて来ただけで 応挙のサイン・判もありません
いわゆる証拠がないので どれも真筆とは言い切れないということなのでしょう
鏑木清方は 子供の頃から圓朝さんとは なじみがあって
もちろんその幽霊画もみたことがあるのですが
「応挙の幽霊は 有名だが 信ずべき真筆をみたことがないので 何とも言えない」 
と 語っています
そこで バークレーの方ですが これは現在 専門家の間で
最も真筆に近い・・・といわれている二本の中の一本なのです
サインも判もあるのは これだけ
f0122653_1912243.jpgそして もう一本が 青森県弘前の九渡寺にある ← これですね
「返魂香之図」と 伝わるもので 江戸時代 藩の家老が
江戸から持ち帰ったものと伝わっています
しかしどうも痛みがひどいようで 毎年旧暦五月十八日に一時間だけ公開する
というシロモノなので カリフォルニアのバークレーのは見たが
九渡寺の方を 実際に見たという近世絵画の専門家は いないのだそうです
公開された写真によれば 真筆に近い・・・というだけなんですね
どうでしょう? 真筆に近いと言われた二作は(右上と左下)
こうして見ると 同一人物が描いたように思えます

しかし今となっては 幽霊だけに「足がつかない」 
確たる証拠は残ってない・・・といったところでしょうか
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# by tukitodoraneko | 2015-07-29 19:55 | 江戸・東京綺譚 | Comments(0)

うらめしや~冥土のみやげ展

f0122653_1421680.jpgはい!暑中お見舞い申し上げます!
・・・ってことでね「谷中全生庵」伝応挙の幽霊図です
毎年八月の間 公開される圓朝の幽霊画コレクションの目玉ですね
しかし! 今年に限っては 八月の半ばまで
東京芸大の大学美術館で↑ 上記の「冥土のみやげ展」に
貸し出されていますので 全生庵にはありません
展示替えで 16日までは芸大 18日から全生庵に戻ります
今年は 両方に行かないと全部は見れません
じゃあ来年でいいか…と思ったあなた!
「今度と 幽霊は 見たことがない」って 知ってますか?
「今度 メシでも・・・」「あ、じゃあまた今度」って言って
本当にメシに行きましたかね? 
それでなくとも 来年まで 何があるかわからないでしょ
明日のわが身は 誰にもわかりません
今年の幽霊は 今年 見ときましょう
それにね 芸大の方には も一つ目玉があるのよ
それは 明治39年(1906)圓朝の七回忌に出された
圓朝追福「七怪奇」絵葉我喜セット(七枚組)
この内 4枚は 焼失 または散逸してしまったもので
今回は 個人所有のものを 借りて展示しています
鏑木清方のものもありますのでね ぜひ見といてください
この圓朝七回忌にも いろいろ怪談がありましてね
この時 三遊派一門だけでも八十名 (その他二百名)が参加したのですが 中でも真打ち連は 僧侶の格好で練り込むという趣向
だったそうです
一番弟子ともいうべき圓橘は 大僧正のいでたちで 家を出る時
「この恰好で 師匠の法事に一門が集まって お経を聞きながら
あの世に行けたら これがホントの大往生だ」
そう言ったそうですが なんたることか ほんとに読経の最中
脳溢血で昏倒 桜木町の病院に搬送されましたが 亡くなってしまったのです
まあ 不思議な事もあるもの・・・・!?
明日は我が身かもしれませんのでね
皆さん 目の玉の黒いうちに ぜひ「幽霊」たちに会いに行ってくださいね
いい 「冥途のみやげ」になりますよ~
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# by tukitodoraneko | 2015-07-28 15:06 | 江戸・東京綺譚 | Comments(0)