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by tukitodoraneko
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江戸の秋葉講

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上の絵は 遠州 周知郡 犬居村 にあった秋葉大権現の参道です
現在は 静岡県 浜松市ですね
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f0122653_17555478.jpgもう1枚 同じ広重の「東海道五十三次」 
右上に見える山が 秋葉山です
場所は? 「掛川」ですね 
三尺坊への分かれ道・・・と言われました
← 三尺坊は 白狐に乗った烏天狗のお姿で
描かれます
秋葉権現は この三尺坊であるとも言われていますよ 細かくは説明しませんが 縁起は諸説あります 興味があったら そして余裕があったら 調べて
みてください 
江戸時代には 伊勢講 富士講と同様に 
「秋葉講」というのもありました
主に 湯屋・鍛冶屋など 火を扱う職人たちが
多かったのですが十一月の十日~十六日の 
例祭には 講を作って参詣しました
大山講のようなものですね
しかし江戸からは 六十八里もあり そうそう行けませんので
火事の多い江戸では 各所に勧請されました
江戸で名高いのは 向島の秋葉でしょうか
元禄年間の勧請で 隅田川からの「秋葉道」には
料理屋「大七」「武蔵屋」「葛西太郎」などが たちならび
地の利から 火防せにかこつけ 吉原通いの粋客も 引き寄せました
世界のアキバの名のもとになった秋葉神社も 今は台東区松が谷に
移りましたが 現存しています
北本所(南は歳事記の誤記です)番場町にあった宿坊は 天保まで
以降は 橋場の総泉寺が宿坊となりました
なので 嘉永の切絵図を見ても 載っていませんね

今日は こんなところで
  
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# by tukitodoraneko | 2015-10-11 18:02 | 祭と歳事

江戸の11月

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さて 試験前に11月の祭も復習しておかないと
この月も やたら 行事と祭が多いですね
一日の顔見世 に続いて 八日は鞴(吹革・ふいご)祭
十五日は ↑ 嬰児宮参=七五三 ですね
またこの月には 東本願寺・西本願寺の報恩講 俗に「お講」がありました
一向宗=今の浄土真宗の開祖・親鸞聖人の忌日ですね
お講の風俗・・・お講小袖や つのかくし などのことも もう一度確認
浜町御坊は 東 西 どっちを言うの? 日にちも違いますね どっちが先?

この他 子の日の大黒祭=子祭 酉の日の酉の市
そして 本格的に火事の季節に入りますので 秋葉さま は どこもお祭りですね

もう一つ お祭りで気になったのが 南品川の千体荒神
三月と 十一月の二十八日が祭礼でしたが「境内全て 人ならずという事なし」
とにかく 人でいっぱい!そして鍋島(蓮池藩)家から 警護が出ました
詳しくは 「東都歳事記」 一月二十八日の項に詳しいので
読めたら 読んどいてください

吉原の秋葉さまのことを 少し補足しておきましょう
大門を入って 七軒を過ぎると 仲の町 この正面に
御影石の玉垣で囲って 岩石を積み 樹木や下草をあしらって
唐金の燈籠が一対 据えてありました
この定明灯の火は 秋葉山から種火を頂いたもので
これが 有名な吉原の「秋葉権現」というわけ
吉原は 何度も火事にあい そのたびに被害甚大
一般の町家よりも火事を怖がりましたので
17,18の両日は 出店や催しもあり 盛大にまつりました
特に夜の賑わいを 茶屋の楼上から 芸姑や太鼓持ち相手に
眺めるのが また一興・・・ということですよ

受験勉強中の私たちには とんと関係のない粋なお祀りですね 
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# by tukitodoraneko | 2015-10-10 16:54 | 祭と歳事

江戸の華「め組の喧嘩」

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火事と喧嘩は江戸の華・・・って 迷惑な花ですこと
上の絵は 文化2年(1805)三月 芝神明で行われた相撲の春場所中
ただ見をしようとした鳶の者と 相撲取りとの大喧嘩の場面
「武江年表」にも載ってますし 明治になってからですが 歌舞伎にもなりましたね
外題は何? 「神明恵和合取組」(かみのめぐみわごうのとりくみ)
ちゃんと 神明とめ組 入ってますね
毎回一問は出る歌舞伎問題 ちょっと気にしといてね
例えば 有名な「夏祭浪花鑑」 (なつまつりなにわかがみ)
勘三郎さんで 見ましたねー めそめそめそ・・・
これ最初が 住吉の鳥居前で始まるので ついこちらのお祭かと思いますが
実は 高津宮(高津神社)の宵宮なんですねー
実際にあった魚屋の殺人事件を 取り入れています
もう一つ 深川祭と殺しが絡んだ歌舞伎といえば・・・
「八幡祭小望月賑」 (はちまんまつりよみやのにぎわい)
文化4年(1807)永代橋が落ちた事件と 文政3年(1820)深川の芸者殺し
この二つを題材とした演目です
この他 歌舞伎ではないですが「所作事」という舞踊はいろいろあります
「再茲歌舞伎花轢 」 ( またここにかぶきのはなだし)
また読みづらい外題ですが これは武内宿禰・網打ちの漁師・鳶の者を
一人が 三変化して踊ります
山王祭が題材で 山王の山車にある武内宿禰と漁師はそのままに
あと手小舞の鳶は 山車の警護役ということですね
所作(舞踊)では 「神田祭」「三社祭」というシンプルな名前のものもあります
歌舞伎までは なかなか手が回らないかと思いますが
ちょっと これだけでも 頭の片隅に覚えておいてね
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# by tukitodoraneko | 2015-10-07 13:15 | 祭と歳事

江戸のハロウィン!?

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10月の最後の日は 現在「ハロウィン」で にぎわいます
これはAll Saint's Day(万聖節)の前夜祭ってことですが
ケルト系の伝承では この日 魔女やバケモノが集まるので
渋谷も六本木も ドラキュラやカボチャで いっぱいになるってわけ
そんなの江戸には関係ない― とお思いでしょうが
江戸時代にも 同じ十月晦日は 上のような賑わいでした
当時 芝居(歌舞伎)の顔見世は 11月1日に始まります
11月は 芝居正月ともいいますね
これは その前夜祭 猿若町の大みそかってわけです
「東都歳事記」によれば 芝居茶屋の庇(ひさし)や
大屋根に至るまで 種々 趣向を凝らした造り物を飾り・・・
と ありますが 上の絵でも 等身大の人形が 立っていますね
「夜に至れば 燈籠をきらめかす 贔屓連よりは 引き幕・水引・幟 など
おびただしく贈り 酒樽・蒸籠・米俵・炭俵 にいたるまで 山のごとく
積物とし めざましきまで 賑わえり」
顔見世番付という似顔絵の乗った番付が 10月半ばから売り出され
「江戸中 前後を争いて 買い求む 」
茶屋よりは 出入りの贔屓の家々に 配りました
またこの夜は 特別な贔屓連は 俳優の家を回って 手打ちをします
これを手内連中と言って 大変な騒ぎ
結局 一晩中 始まる前の芝居小屋で 声色(俳優のものまね)などして
夜を明かすのですが これにまた見物が押し寄せるという騒ぎ
もちろん芝居茶屋での宴会も 呑むわ踊るわの大騒ぎ

ハロウィンの翌朝 道路に酔いつぶれてる学生を バカにしちゃいけませんね
10月の晦日は 江戸時代から 似たようなもんだと 認識いたしましょうf0122653_1783241.jpg
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# by tukitodoraneko | 2015-10-06 17:10 | 祭と歳事

江戸 出開帳のにぎわい

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上の絵は 「武江年表」はじめ 当時の記録にたくさん残っている
深川永代寺の「成田不動尊」出開帳の様子
とにかくこの時には 講中の送迎 数千人 千住から深川まで
「立錐の余地なし」と 書かれています
出開帳というのは そもそも勧請・・・お金目的でくるのですからね
江戸に来ると 三井越後屋などの大家に立ち寄り 寄進を募るのです
スポンサーですね 越後屋の方も 膳部を出してもてなし
赤飯配ったりもして 宣伝に これつとめます
寛政のころ 白木屋が 天鵞絨(びろうど)張りの牛を 三囲稲荷の開帳に出してますが
これもいい宣伝になったことでしょう
成田不動は江戸時代 33回も出開帳していますが これは安政三年(1856)のことです

実は これより前 文化四年(1807) 回向院での幸手不動尊出開帳
これも大変な人出 千人ほども先がけし 山伏が 大斧をかつぎ 法螺を吹き 
なかには異様ないでたちの者もいて 大評判だったようなのです
火渡り護摩焚き と言って 今でも高尾山で やっていますが
行者が 裸足で火の上を歩くやつ これも見物が押し合いへしあい
ついに 押しつぶされて死人が出るほどの混雑ぶり

しかし こちらは 何の絵も残ってないんですよねー
残念ですねー
幸手不動院自体 今の春日部市にあったのですが
大正時代に 東京に移った・・・とあるだけで 一体 今 どこにおわすのやら・・・?
ちょっと調べてみたけど わかりませんでした
でも とりあえず 幸手不動尊の名前だけ 覚えといてみて
「近来 これ程なる江戸入りの開帳なし」 
去年の琉球人の(来朝)行列よりすごかった と 書いてありますからねー
では また明日
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# by tukitodoraneko | 2015-10-04 18:16 | 祭と歳事

江戸の勧進相撲 10月

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 「天明八江戸大相撲生写之図屏風」の半分です
両国橋を渡って 回向院に向かう力士たち
裸以外の力士の絵って 珍しいですね
江戸では 年に二回の勧進相撲 
「東都歳事記」では 三月と十月の項に 書いてあります
三月の方が 詳しいですね
「絵本江戸風俗往来」では 十月の項が詳しいので
これを ちょっと引いておきましょう

「勧進相撲は たいてい当月(十月)下旬よりはじまる。
春秋二回の出世相撲の本場所は 向両国 回向院境内を定場とし
小屋を構え 高矢倉を組み立て 相撲興行中は矢倉の上にて
毎朝 東雲(しののめ)告ぐるや 太鼓を打ち鳴らす。
その響き勇ましく 時刻来れるを待ち かの大諸侯お抱えの力士
絹布の衣装 重ねて 金銀造りの脇差を帯して 弟子力士 化粧廻し
入れたる葛篭(つづら)担いて 供に従いし幕内 幕下の力士
本所回向院最寄りの住居なるより出場の様 勇ましくして 美々しきを
見る人 天下の力士と羨まぬはなかりしなり。
かの劇場(しばい)に俳優(やくしゃ)の楽屋入りとて 早天より打ち鳴らす
太鼓と共に出場すると同じことなりしも 力士は寺社奉行の配下にして
町奉行の支配にあらず。
小屋ものと呼ばるる俳優とは 雲泥の相違にして その品位 自ら
別物なりける。」

ふ~ん・・・格が違うってことなんですね
あと 春・秋と書いてあるものと 春・冬の二回興業と書いてある場合もありますね
これ 雨で延びることが多かったので だんだんずれていき
「寒の内」に興行することとなれり・・・と いうことらしいです

f0122653_13511795.jpgそれともう一つ ← この人 雷電為右衛門
関すること
みなさん 江戸の相撲取りといったらこの人!って
思うじゃないですかー
強すぎて 相手にけがをさせるからと
三つの技を禁止されましたよね
張り手・鉄砲・かんぬき
三つ!じゃないですかー 
四択の問題で「禁じられていなかったものは?」
というのが 出るかもという気配がぷんぷんでは
ないですかー!
そこで 出題者は考えるわけですよ
たぶんみんな出ると思ってるだろうなー・・・
やめた方がいいかな それともサービス問題として
素直に出した方が ウケルかな・・・
まあ 五分五分ではありますが
張り手・鉄砲・かんぬき
覚えといて 損は無いかと・・・
もしこれで本当に出たら きっと出題者は「ウケたい!」という誘惑に勝てなかったのでしょう 
心の中で「わっはっは!」と笑って うっちゃりましょう(試験中だからお静かに!)
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# by tukitodoraneko | 2015-10-03 14:13 | 祭と歳事