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式年遷宮

大変 ご無沙汰いたしております
私的に忙しく 更新できませんでした
合間に 一級テキスト「博覧強記」を 読み返していました
テキストを読んで 四択の問題を作るという作業は 結構 大変です
ここから毎年50問 
出題者も 人の子ですから 四択にし安い問題を 選びたいのが人情
で、自分でも その目線でテキストを読むのですね

もう今は テキストに首っ引きの時期でしょうから ブログでは
それ以外の事にしましょう
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今年は 下鴨・上賀茂神社の21年に一度の「式年遷宮」でしたね
ユネスコの「世界遺産」に登録しているので 式年遷宮しないと思った?
これは 伊勢・出雲の両大社が 「何故 世界遺産じゃないの?」という
しごくもっともな疑問の答えとして 「式年遷宮」で 新しくしているから
世界遺産の概念に合わない・・・というのがあったからですね
でもね 世界遺産て そもそも申請しなくちゃ 登録されないのよね
つまり伊勢・出雲は 申請する気は さらさらないってだけなのよね
だって 下鴨は今年4月に 上加茂は10月にちゃんと遷宮してますから
この様子は ネットで中継されましたから 誰でも見れます
今年で 上賀茂の方は 42回目の遷宮 下鴨は34回目でした
式年遷宮の奉賛会 会長は 表千家の千玄室 氏
正遷宮の後には 奉納土俵入りもありました
これは雲竜型 ということでしたよ
雲竜と不知火 どちらというきまりはあるんでしょうか?

遷宮では 全部で六十棟以上の建物を 建て直しますが
中でも大変なのが 桧皮葺(ひわだぶき)の屋根の葺き替え
一m四方で 樹齢80年以上の檜を35本必要とし
これを 竹の釘でミリ単位に 打ちつけていくのですね
作業している方々は 結構若い人が多く ああちゃんと伝統の
技術は 踏襲されているのだなあ・・・と 安心します

今年 行われた式年遷宮は 上加茂 下鴨 
遷宮するのは 伊勢 出雲だけじゃないよ、ということ
覚えといてくださいね

追い込み 頑張れ!
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by tukitodoraneko | 2015-10-29 14:39 | 祭と歳事 | Comments(2)

御柱祭 諏訪 

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TVでしか見たことない「御柱祭」 伊勢・出雲同様の古社で 7年ごとの寅と申の年に
新築される宝殿の四隅に立てられる「御柱」 モミの大木16本を 山から降ろします
みなさん とっくにお勉強済みだと思います
↑ 上記(写真)のHPに きちんと書いてありますので 読みましたよね?

時期は 「山出し」が4月の頭で 「里曳き」が5月の頭ごろ
「宝殿遷座祭」が 下社は五月半ば 上社が六月半ば

諏訪大社は 上社 下社 合わせて四社があります
「御頭祭」が 行われるのはどこ?

「上社」が ご神体とする山の名前は?

「春宮」「秋宮」それぞれの御神木は何?

建築様式 立川流 大隈流 
上社本宮の有名な彫刻「笹に鶏」「粟穂に鶉」 これはどっち?

諏訪大社 延喜式神明帳に載る名前は「南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)」

上社と下社の御柱のちがい 
「めでとこ」と呼ばれる角がついているのが上社
「坂落とし」は 下社

HPには 「よくある質問」ていう項目もありますから 読んどいてね

次は来年 申の年にありますね

お世話になっている矢島先生は この諏訪大社の氏子
来年は忙しいでしょうねー 

「男 見るなら七年一度 諏訪の木落とし 坂落とし」 

男 見に行きたいですね~ ^^v
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by tukitodoraneko | 2015-10-13 12:21 | 祭と歳事 | Comments(0)

五大奇祭って!?

これ 出るだろうか?・・・とちょっとは考えたんですがねー
でも もし出たら 書いときゃよかった!と 思うだろうし 何より「おもしろい」からねー
勉強の合間に読んで なごんでくれたらいいかな?と 思って書きましょう

実は 「祭」に関しては 民俗学の本 読むのが楽なんです
今回 書くことは全部 そっち系の本から 拾いました
もともと 大学も民俗学やりたかったのですが 自由に学部も選択できない
時代・・・というか お家でしたから
就職に有利とか そういうの良くないですね
働かずに勉強だけできる最後の機会は 自分の好きな事やらなくては!
あ、ぐちってしまった・・・
と、いうわけで ウチの子供は 好きな民俗学やりました
元々 私の持ってた本 役に立ちましたよ

その中に 「鵜坂祭」ってありますが ご存知ですか?
越中(富山)婦負(ねい)郡 鵜坂神社の祭りです
五月十六日に 神主が「鵜坂の杖」と称する堅木の枝で
関係した男の数だけ 女性のお尻を叩くお祭り
ひえ~ 今ならセクハラどころの騒ぎじゃありませんね
尻打ち祭とも しもと(鞭のこと)祭とも呼ばれ
なんと 平安朝から続き 「日本五大奇祭」の一つ と言われています
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これと同様 男の数だけ鍋をかぶるのが江州(滋賀)坂田郡 筑摩(つくま)神社で行われる筑摩祭別名「鍋かぶり祭」
こっちは 今も五月八日にやってますよ →
ま、小さいお子さんだけですが・・・
この二つは 江戸時代から有名だったようで
川柳子の いいネタになっています

鵜坂ではたたき 筑摩はおっかぶせ

筑摩よりつらい 鵜坂のしもと数

次の二つも 古くからあり 似ています
京都 祇園(八坂)神社の白朮(おけら)祭
下総・千葉寺の「千葉笑」 
どちらも 大晦日の夜 悪口を言い合う「悪口祭」です
千葉寺の方は 顔を隠し 頭を包み 声も変えて
堂内に集まった人々が ところの代官・庄屋をはじめ
ふだん行跡の悪い人を 評して談笑するものでした
これで ネタにされないよう日頃から身を慎むように
という教訓で あったのでしょう
これに比べ 祇園さんは 口さがないにもほどがある!
この夜の参詣人は 他人を誹謗して 罵り勝った方が
その年の吉がある・・・というものなので みんな遠慮なし!
しかしこれは普段おとなしく つつましやかな京の人々の
年一回のうさばらし 邪気祓いといった性格のようです
井原西鶴の「世間胸算用」から 「闇の夜の悪口」をひいてみましょう

 おまえは 三日の内に 餅が喉に詰まって 鳥部野に葬礼するわい
 お前の女房は 元日に気が違って 子供を井戸にはめるぞ
 お前の姉は 腰巻もしないで 味噌を買いに行って転ぶわ

まあ なんてレパートリーの広い悪口かしら
怒るというより 吹き出しそうなのもありますね

さて これで奇祭が四つ
民俗学の本では 「五奇祭」という語が よく出てくるのですが
どれがその五つか というのは 判然としません
ま、「○大何々」というものは 所により変わるので 何とも言えないのですが
上に挙げた四つは かなり有名で 決定項としてもいいかな?と思えます

じゃあ あと一つ挙げるなら? これがむずかしいんですよねー
上の四つに勝るとも劣らない奇祭で 古くからある祭
f0122653_12463517.jpg紀州葛城の「山の神祭」なんてどうでしょう?
山の神さまにオコゼの干物を見せて 笑うお祭り
これ 今でも続いているんですよ
古くからある山の神と海の神の争いの伝説や
マタギの慣習が元にありますが
なぜか オコゼの干物って 見ると笑っちゃうんですよ
いや ホント!ただ見せるわけじゃなくてね
たもとに隠しておいて 見せろ見せろとはやすと
「みんな笑うから・・」と言って出し渋るんです
「笑わないから!」と重ねてせがむと 先っぽをちょこっと出して見せるんです 
この「間」が 最高のギャグポイント そして延々これの繰り返し!
もうこの人たちは 吉本芸人の先祖だったのかと思えてしまうのですねー

うーん ここまで書いたけど やっぱり出ないだろうなー
でも おもしろかった? じゃあ いいや!




 
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by tukitodoraneko | 2015-10-12 12:52 | 祭と歳事 | Comments(0)

江戸の秋葉講

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上の絵は 遠州 周知郡 犬居村 にあった秋葉大権現の参道です
現在は 静岡県 浜松市ですね
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f0122653_17555478.jpgもう1枚 同じ広重の「東海道五十三次」 
右上に見える山が 秋葉山です
場所は? 「掛川」ですね 
三尺坊への分かれ道・・・と言われました
← 三尺坊は 白狐に乗った烏天狗のお姿で
描かれます
秋葉権現は この三尺坊であるとも言われていますよ 細かくは説明しませんが 縁起は諸説あります 興味があったら そして余裕があったら 調べて
みてください 
江戸時代には 伊勢講 富士講と同様に 
「秋葉講」というのもありました
主に 湯屋・鍛冶屋など 火を扱う職人たちが
多かったのですが十一月の十日~十六日の 
例祭には 講を作って参詣しました
大山講のようなものですね
しかし江戸からは 六十八里もあり そうそう行けませんので
火事の多い江戸では 各所に勧請されました
江戸で名高いのは 向島の秋葉でしょうか
元禄年間の勧請で 隅田川からの「秋葉道」には
料理屋「大七」「武蔵屋」「葛西太郎」などが たちならび
地の利から 火防せにかこつけ 吉原通いの粋客も 引き寄せました
世界のアキバの名のもとになった秋葉神社も 今は台東区松が谷に
移りましたが 現存しています
北本所(南は歳事記の誤記です)番場町にあった宿坊は 天保まで
以降は 橋場の総泉寺が宿坊となりました
なので 嘉永の切絵図を見ても 載っていませんね

今日は こんなところで
  
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by tukitodoraneko | 2015-10-11 18:02 | 祭と歳事 | Comments(0)

江戸の11月

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さて 試験前に11月の祭も復習しておかないと
この月も やたら 行事と祭が多いですね
一日の顔見世 に続いて 八日は鞴(吹革・ふいご)祭
十五日は ↑ 嬰児宮参=七五三 ですね
またこの月には 東本願寺・西本願寺の報恩講 俗に「お講」がありました
一向宗=今の浄土真宗の開祖・親鸞聖人の忌日ですね
お講の風俗・・・お講小袖や つのかくし などのことも もう一度確認
浜町御坊は 東 西 どっちを言うの? 日にちも違いますね どっちが先?

この他 子の日の大黒祭=子祭 酉の日の酉の市
そして 本格的に火事の季節に入りますので 秋葉さま は どこもお祭りですね

もう一つ お祭りで気になったのが 南品川の千体荒神
三月と 十一月の二十八日が祭礼でしたが「境内全て 人ならずという事なし」
とにかく 人でいっぱい!そして鍋島(蓮池藩)家から 警護が出ました
詳しくは 「東都歳事記」 一月二十八日の項に詳しいので
読めたら 読んどいてください

吉原の秋葉さまのことを 少し補足しておきましょう
大門を入って 七軒を過ぎると 仲の町 この正面に
御影石の玉垣で囲って 岩石を積み 樹木や下草をあしらって
唐金の燈籠が一対 据えてありました
この定明灯の火は 秋葉山から種火を頂いたもので
これが 有名な吉原の「秋葉権現」というわけ
吉原は 何度も火事にあい そのたびに被害甚大
一般の町家よりも火事を怖がりましたので
17,18の両日は 出店や催しもあり 盛大にまつりました
特に夜の賑わいを 茶屋の楼上から 芸姑や太鼓持ち相手に
眺めるのが また一興・・・ということですよ

受験勉強中の私たちには とんと関係のない粋なお祀りですね 
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by tukitodoraneko | 2015-10-10 16:54 | 祭と歳事 | Comments(0)

江戸の華「め組の喧嘩」

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火事と喧嘩は江戸の華・・・って 迷惑な花ですこと
上の絵は 文化2年(1805)三月 芝神明で行われた相撲の春場所中
ただ見をしようとした鳶の者と 相撲取りとの大喧嘩の場面
「武江年表」にも載ってますし 明治になってからですが 歌舞伎にもなりましたね
外題は何? 「神明恵和合取組」(かみのめぐみわごうのとりくみ)
ちゃんと 神明とめ組 入ってますね
毎回一問は出る歌舞伎問題 ちょっと気にしといてね
例えば 有名な「夏祭浪花鑑」 (なつまつりなにわかがみ)
勘三郎さんで 見ましたねー めそめそめそ・・・
これ最初が 住吉の鳥居前で始まるので ついこちらのお祭かと思いますが
実は 高津宮(高津神社)の宵宮なんですねー
実際にあった魚屋の殺人事件を 取り入れています
もう一つ 深川祭と殺しが絡んだ歌舞伎といえば・・・
「八幡祭小望月賑」 (はちまんまつりよみやのにぎわい)
文化4年(1807)永代橋が落ちた事件と 文政3年(1820)深川の芸者殺し
この二つを題材とした演目です
この他 歌舞伎ではないですが「所作事」という舞踊はいろいろあります
「再茲歌舞伎花轢 」 ( またここにかぶきのはなだし)
また読みづらい外題ですが これは武内宿禰・網打ちの漁師・鳶の者を
一人が 三変化して踊ります
山王祭が題材で 山王の山車にある武内宿禰と漁師はそのままに
あと手小舞の鳶は 山車の警護役ということですね
所作(舞踊)では 「神田祭」「三社祭」というシンプルな名前のものもあります
歌舞伎までは なかなか手が回らないかと思いますが
ちょっと これだけでも 頭の片隅に覚えておいてね
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by tukitodoraneko | 2015-10-07 13:15 | 祭と歳事 | Comments(2)

江戸のハロウィン!?

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10月の最後の日は 現在「ハロウィン」で にぎわいます
これはAll Saint's Day(万聖節)の前夜祭ってことですが
ケルト系の伝承では この日 魔女やバケモノが集まるので
渋谷も六本木も ドラキュラやカボチャで いっぱいになるってわけ
そんなの江戸には関係ない― とお思いでしょうが
江戸時代にも 同じ十月晦日は 上のような賑わいでした
当時 芝居(歌舞伎)の顔見世は 11月1日に始まります
11月は 芝居正月ともいいますね
これは その前夜祭 猿若町の大みそかってわけです
「東都歳事記」によれば 芝居茶屋の庇(ひさし)や
大屋根に至るまで 種々 趣向を凝らした造り物を飾り・・・
と ありますが 上の絵でも 等身大の人形が 立っていますね
「夜に至れば 燈籠をきらめかす 贔屓連よりは 引き幕・水引・幟 など
おびただしく贈り 酒樽・蒸籠・米俵・炭俵 にいたるまで 山のごとく
積物とし めざましきまで 賑わえり」
顔見世番付という似顔絵の乗った番付が 10月半ばから売り出され
「江戸中 前後を争いて 買い求む 」
茶屋よりは 出入りの贔屓の家々に 配りました
またこの夜は 特別な贔屓連は 俳優の家を回って 手打ちをします
これを手内連中と言って 大変な騒ぎ
結局 一晩中 始まる前の芝居小屋で 声色(俳優のものまね)などして
夜を明かすのですが これにまた見物が押し寄せるという騒ぎ
もちろん芝居茶屋での宴会も 呑むわ踊るわの大騒ぎ

ハロウィンの翌朝 道路に酔いつぶれてる学生を バカにしちゃいけませんね
10月の晦日は 江戸時代から 似たようなもんだと 認識いたしましょうf0122653_1783241.jpg
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by tukitodoraneko | 2015-10-06 17:10 | 祭と歳事 | Comments(5)

江戸 出開帳のにぎわい

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上の絵は 「武江年表」はじめ 当時の記録にたくさん残っている
深川永代寺の「成田不動尊」出開帳の様子
とにかくこの時には 講中の送迎 数千人 千住から深川まで
「立錐の余地なし」と 書かれています
出開帳というのは そもそも勧請・・・お金目的でくるのですからね
江戸に来ると 三井越後屋などの大家に立ち寄り 寄進を募るのです
スポンサーですね 越後屋の方も 膳部を出してもてなし
赤飯配ったりもして 宣伝に これつとめます
寛政のころ 白木屋が 天鵞絨(びろうど)張りの牛を 三囲稲荷の開帳に出してますが
これもいい宣伝になったことでしょう
成田不動は江戸時代 33回も出開帳していますが これは安政三年(1856)のことです

実は これより前 文化四年(1807) 回向院での幸手不動尊出開帳
これも大変な人出 千人ほども先がけし 山伏が 大斧をかつぎ 法螺を吹き 
なかには異様ないでたちの者もいて 大評判だったようなのです
火渡り護摩焚き と言って 今でも高尾山で やっていますが
行者が 裸足で火の上を歩くやつ これも見物が押し合いへしあい
ついに 押しつぶされて死人が出るほどの混雑ぶり

しかし こちらは 何の絵も残ってないんですよねー
残念ですねー
幸手不動院自体 今の春日部市にあったのですが
大正時代に 東京に移った・・・とあるだけで 一体 今 どこにおわすのやら・・・?
ちょっと調べてみたけど わかりませんでした
でも とりあえず 幸手不動尊の名前だけ 覚えといてみて
「近来 これ程なる江戸入りの開帳なし」 
去年の琉球人の(来朝)行列よりすごかった と 書いてありますからねー
では また明日
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by tukitodoraneko | 2015-10-04 18:16 | 祭と歳事 | Comments(11)

江戸の勧進相撲 10月

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 「天明八江戸大相撲生写之図屏風」の半分です
両国橋を渡って 回向院に向かう力士たち
裸以外の力士の絵って 珍しいですね
江戸では 年に二回の勧進相撲 
「東都歳事記」では 三月と十月の項に 書いてあります
三月の方が 詳しいですね
「絵本江戸風俗往来」では 十月の項が詳しいので
これを ちょっと引いておきましょう

「勧進相撲は たいてい当月(十月)下旬よりはじまる。
春秋二回の出世相撲の本場所は 向両国 回向院境内を定場とし
小屋を構え 高矢倉を組み立て 相撲興行中は矢倉の上にて
毎朝 東雲(しののめ)告ぐるや 太鼓を打ち鳴らす。
その響き勇ましく 時刻来れるを待ち かの大諸侯お抱えの力士
絹布の衣装 重ねて 金銀造りの脇差を帯して 弟子力士 化粧廻し
入れたる葛篭(つづら)担いて 供に従いし幕内 幕下の力士
本所回向院最寄りの住居なるより出場の様 勇ましくして 美々しきを
見る人 天下の力士と羨まぬはなかりしなり。
かの劇場(しばい)に俳優(やくしゃ)の楽屋入りとて 早天より打ち鳴らす
太鼓と共に出場すると同じことなりしも 力士は寺社奉行の配下にして
町奉行の支配にあらず。
小屋ものと呼ばるる俳優とは 雲泥の相違にして その品位 自ら
別物なりける。」

ふ~ん・・・格が違うってことなんですね
あと 春・秋と書いてあるものと 春・冬の二回興業と書いてある場合もありますね
これ 雨で延びることが多かったので だんだんずれていき
「寒の内」に興行することとなれり・・・と いうことらしいです

f0122653_13511795.jpgそれともう一つ ← この人 雷電為右衛門
関すること
みなさん 江戸の相撲取りといったらこの人!って
思うじゃないですかー
強すぎて 相手にけがをさせるからと
三つの技を禁止されましたよね
張り手・鉄砲・かんぬき
三つ!じゃないですかー 
四択の問題で「禁じられていなかったものは?」
というのが 出るかもという気配がぷんぷんでは
ないですかー!
そこで 出題者は考えるわけですよ
たぶんみんな出ると思ってるだろうなー・・・
やめた方がいいかな それともサービス問題として
素直に出した方が ウケルかな・・・
まあ 五分五分ではありますが
張り手・鉄砲・かんぬき
覚えといて 損は無いかと・・・
もしこれで本当に出たら きっと出題者は「ウケたい!」という誘惑に勝てなかったのでしょう 
心の中で「わっはっは!」と笑って うっちゃりましょう(試験中だからお静かに!)
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by tukitodoraneko | 2015-10-03 14:13 | 祭と歳事 | Comments(0)

江戸の十月

もう10月ですもの! 早いですね~・・・
あと一月しかないので 頑張っていきましょう
10月に行く前に 9月の祭りに「おわら風の盆」ぬけてますので
ちょっと調べておいてくださいね 元禄から続く祭りですので 気になります

f0122653_13485599.jpg十月と言えば 玄猪(げんちょ)があります
もっぱら 武士の祝儀ですが 民間でもこれにならってぼた餅などこしらえました
炉開き 紅葉狩りなどもありますが 
主に隠居や文人のなすところ
あまり 一般庶民には 関係なかったかもしれませんね
それよりも 庶民が群集したのは 
2日の「東叡山開山忌」
寛永寺を立てた天海=慈眼大師の忌日
この日は早朝から 両大師の御影を供奉し 法親王は輿に乗り 十六坊の院主
勤仕の侍の行列(お練りという)美麗を極め
この日参詣の老若男女 蟻の群がるが如し と 遊歴雑記にあります
そして6日から15日まで いわゆる
「お十夜」です
これは浄土宗の法要ですので 
各寺でも行い 参詣も多かったのですが
将軍家の祈願所 増上寺では わけても善男善女が 群集しました
13日の「御命講」=御会式は 日蓮上人忌日ですので
諸寺でありますが やはり池上本門寺ですね(上の絵です)
神社の祭礼は 10日に湯島天満宮 当社勧請の日で 砥餅が名物
15日 小柄(塚)原 熊野権現祭礼 

19日のべったら市 20日のえびす講 

以上に挙げたものは 確実に調べておきましょう
もう ばっちり!という方 絶対 今年は合格ですよ^^v
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by tukitodoraneko | 2015-10-02 14:06 | 祭と歳事 | Comments(0)