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by tukitodoraneko
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<   2015年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

日本ダービー

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昨日の朝刊のこの大きな広告!
せっかくなので 猫にスケールがわりになってもらいました
東京競馬場は わが町 国府・府中にありますよ
ごらんになっているかしら?
もうすぐ出走よ デュラメンテなのかしら 

強い!

あっという間に 二冠達成でしたねー!

直線に入ったら 飛び出しましたねー うわあ、強い!

さて お祝いしなくちゃ!

じゃあ また!
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by tukitodoraneko | 2015-05-31 15:49 | 武蔵国府 郷土史

黒澤家の食卓

f0122653_1657442.jpg永田町「黒澤」です
古河庭園に行く前に ランチしました
なかなか いい感じの外観
開店は 5年前ですが
築60年の料亭を基礎に
黒澤組の美術担当の方々が
造り上げました
ここは 首相官邸のそばですが
この一角だけ 戦前の趣です
「用心棒」「赤ひげ」などを
参考にしているようですね
f0122653_17555.jpg鏝絵(こてえ)もなんかそれっぽくて 
いいでしょ?
中に入ると 黒澤監督のポートレイトや
映画のポスター 絵コンテがたくさん
飾られていて 映画ファンなら大感激
一階の蕎麦席は いつも行列なので
今回は 二階個室を予約しました
コース料理になりますが 落ち着いて
のんびり食べられます
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← これは「梅コース」の一品です 綺麗でしょう?
月ごとに 変わりますが この野菜を使ったお寿司
私は 大好物ですねー
もちろんおそばもつきますよ
黒澤監督自身が 好きだったものばかり集めて提供しているお店なので 蕎麦の他に「しゃぶしゃぶ」や
「かつ丼」も有ります
そして 日本酒と つまみも いけるんですよ
お値段も とても良心的
レストラン黒澤グループ 今は4店舗くらいあるのかな?
その中では ここが一番 好きかも
国会議事堂に御用の節は ランチはここで
そばでも たぐってくださいな
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by tukitodoraneko | 2015-05-23 17:44 | 明治・大正・昭和

古河庭園と陸奥宗光

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f0122653_11321252.jpgはい 昨日は北区駒込の「旧古河庭園」に バラを見に
行ってきました
上の建物は 古河財閥がジョサイア・コンドルの設計で建てた
ものですが 元々は 陸奥宗光邸でした
陸奥宗光 → 伊藤博文の盟友で 伊藤内閣では
外務大臣も務めた人ですね
この人の次男が 古河財閥の養子となり
二代目を継ぎますが 宗光が 54才で亡くなったのも
この屋敷です
バラ園のある西洋庭園が有名ですが
実は 武蔵野段丘の下部に広がる日本庭園も 見ごたえがあるのですよ
近代庭園の祖ともいわれる「植治」=小川治兵衛(じへえ・7代目)の作庭で
京都御所・清水寺・南禅寺のお庭も この人が手掛けました
コンドルと共に 和洋の名人が 造り上げた庭園なんですね
このように 二つの様式の庭を同時に見るのは あまりないことです
そこで気付いたのですが やはり庭はその土地の気候に合って造られる
ということですね
夏が短く 気温も低いイギリスの庭は とにかく太陽光を大切にします
日陰が 本当に少ない!^^;
これに対し 高温多湿な日本の庭は 自然の高低差を生かし
池泉を造り 植栽も 夏は木陰になるように考えられています
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お友達のマダム達 出しちゃいましょう
大学時代のH子ちゃんとIちゃんです
うーん バラに負けてないですね
でも 紫外線には 負けちゃいますね
今年は あまりに気温が高く バラが終わっちゃうのではと 心配だったのですが
まだまだ 綺麗に咲いてて 良かったね!

f0122653_1231330.jpgこのあと 洋館の中の喫茶室で お茶を頂きました
見学会は 往復はがきで事前に申し込まなければならないのですが 喫茶室利用でも一階部分は 見ることができます
庭は暑かったけど さすが洋館!
内部は 高い天井と開口部が多いことで とても涼しく居心地がよかったです
実はここ 貸切で 結婚式に使えるんですよ
まあ なんだか 財閥令嬢になれそうですね~
もう一度 結婚するなら 次はぜひここで!
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by tukitodoraneko | 2015-05-22 12:32 | 明治・大正・昭和

葵祭り 京都

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三社祭とちょうど同じ時期 京都では 初夏を告げる葵祭が始まります
この祭は 上賀茂神社と下鴨神社の祭礼で 元々は「宮中の儀」「社頭の儀」と「路頭の儀」
の三つで構成されていました
今は 「宮中の儀」はなく 残りの二つだけ
ほとんどの方は「路頭の儀」いわゆる斉王代行列のみ 見物しますね
しかし本来は 神前で祭文を読み上げ 供物や舞を奉納する「社頭の儀」が中心でした
欽明天皇(540~571年)の時代に 疫病が流行り 凶作も重なりました
この災いは 賀茂の神々の祟りであるとの宣託が下り 天皇が勅使を遣わし
祭礼を行ったのが葵祭の起源とされています
古いお祭りですね
「源氏物語」の「車あらそい」覚えてますか?
あれは葵祭りの見物の時の できごとでしたね

葵祭の名の由来は 祭りの当日に 御所内裏の御簾をはじめ 牛車・勅使 
行列の人々の冠や装束 牛馬など全てを 葵の葉で飾ったことによります
これは 上賀茂神社の祭神「別雷神(わけいかずちのかみ)」が生まれた御形山(みあれやま)に
双葉の葵が生じた話からきているといわれています

ちなみに 葵の正式名はフタバアオイといい 水のきれいな所にだけ自生します
山葵(ワサビ)と同じですね
摘み置きができないので 葵祭の4~5日前に 約1万本を一気に摘んで 使用するそうですよ

そして葵といえば 徳川家の家紋「三ツ葉葵ですね」
これは 上賀茂神社の神紋と大変よく似ていたので
家康は 上賀茂神社を 大いに崇敬したそうです

ところで 斎王のことですが 元々は天皇家の内親王などがつとめたものですが 
今は京都ゆかりのお嬢様が 斎王代理として行列します
これに娘を出すには ン千万の費用がかかるらしいですよ~
さすが京都!
歴史と共に 美と財力を兼ね備えた姫たちが まだまだいてはるのね~ 
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by tukitodoraneko | 2015-05-16 18:48 | 祭と歳事

氏子の資格

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神田と並ぶ江戸の祭り 三社祭ですが ここしばらく困ったことになっていました
神田とはちがって 氏子や一般人が 楽しめるものじゃないのですね
試しに 「やくざ祭り」で 検索してみてください 現状がわかります
そもそも 神様がのるから「神輿」(みこし)なんで
見るからに前科のありそうな方々に 乗っていただくものじゃないです
神輿と山車の区別もつかないのでしょうか
あれを見て喜ぶのは 外国人観光客だけ
あんなのを見て「江戸っ子」と思われたら 国辱ですな

こんな現状に対し 2008年には宮出しを中止
暴力団の運営を閉めだそうと頑張ってきましたが
先日 TVのニュースで 「三社祭 宮出し 氏子の手で!」というのご覧になりましたか?
半世紀ぶりに 三基の神輿が 氏子のみで「宮出し」されるそうです
もちろん「入れ墨禁止」です
江戸時代「彫り物」といわれた文化に対しては 偏見も異議もありません
しかし 神の乗り物に 尻向けて乗ったら その時点で 全てにおいてアウトでしょ

生まれ育った土地の神に 感謝をこめて これを祀るのが「祭」です
三社祭が 本来の祭の姿を取り戻す事を祈ってますよ

まあ 宮出しが終わって 町内巡行になったとたんに
やくざ祭に戻る懸念は残りますが 久々に行ってみようかと思っています

一つ提案なのですが 「氏子」というからには 神社のいわれ
ご祭神について 最低限の事を知っているかという事前調査したらいいのに・・・
三社祭なら 三人の名前書けるとか 何年に何した人だとか
わかったら どうぞ神輿かつげるよ・・・というシステムはどう?

あ、そうしたら 江戸検持ってる人ばっかりになっちゃうか
それはそれで 体力的に問題が・・・・
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by tukitodoraneko | 2015-05-15 14:33 | 祭と歳事

多磨霊園とチキンカレー

f0122653_16101023.jpg今日も 午前中に 「例」の所に通いました
「霊」の所・・・多磨霊園ね
そして ← これ写真に撮ってきました
ご存知でしょうか?ボースの墓です
正しくは ラス・ビハリ ボース
一名「中村屋のボース」です
私 新宿近辺で生まれ育ち 母方はみんな近所でした
おやつのお持たせは たいてい中村屋
おかきや肉まん 月餅もありましたね
でも一番好きだったのは 亡き父とよく食べた
チキンカレー
「お前はここのカレーはよく食べるね」
小食でひ弱な一人娘が 鼻の頭に汗をかきながら 本格的インドカレーをほうばる姿が うれしかったのでしょう
f0122653_1644133.jpg「小さくても本物の味はわかるんだねぇ」なんて
親バカ 言ってましたっけ
そのカレーを作ったのが インド独立運動のさなか 
日本に亡命してきたボースなんですね
頭山滿の紹介で 中村屋にかくまわれ やがて娘・俊子と結婚します
大正12年には 日本に帰化「坊須」を名乗りました
残念ながら 妻も息子も早くに亡くなり 本人もインドの
独立前に 亡くなってしまいました
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そんなボースをかくまった中村屋の夫妻
相馬愛蔵・黒光の墓も すぐ近くにあります
こんもりした柴山の上の自然石の墓石
安曇野出身の相馬愛蔵は 明治34年
本郷の東大門前の「パンの中村屋」を
居ぬきで買い取り 店名もそのままに開業
40年には まだ未開発だった新宿に支店を出し
やがて 新宿の発展に伴い こちらが本店になりました
中村屋の店の裏は アトリエにようになっていて
夫妻は 多くの外人を含む文化人・芸術家たちのパトロンとなり その縁でボースも この中村
f0122653_174557.jpg屋に身を隠すことになったのでしょう
相馬夫妻の写真も出しときましょうね
妻・黒光さんは 故郷仙台にいた時から
評判の美少女
結婚して以降も 若いアーティストたちの
モデルになっちゃって いろいろ噂されました
でも「芸術」のためなら いーんじゃない?
明治・大正・昭和を 自由奔放に生き抜いて
私の生まれたのと同じ年 夫の死の一年後に
78才で亡くなっています
そういえば 最近「中村屋のカレー」食べてないなー
食べに行こうかな 懐かしいなー
商家だったので 普段は見慣れないダブルの背広を着た若くてハンサムな父と手を繋いで行ったあの
「中村屋のカレー」
真昼の霊園で 思い出は かげろうのように立ち上るのでした
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by tukitodoraneko | 2015-05-14 17:23 | 明治・大正・昭和

江戸検十周年!

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昨日は日比谷公園内のホールで
江戸検一級合格者の集いがあり
江戸博館長 竹内誠先生も参加されました
あいかわらず心躍る講演も 拝聴させていただきました

公園内では「森とふれあうフェスティバル」というのをやってまして
焼き牡蠣と生ビール そしてジビエ(猪と鹿)のハンバーグなども売っていて 
いい匂いが漂っていました
すぐそばで お子さんたち相手に 熊さんや鹿さんが出てきそうな 
紙芝居をやってましたが 大丈夫でしょうか
ま、食べてもおいしいということで・・・
そしてもう一つ 「江戸城天守を再建する会」もテントを出していました
それと一緒に小田原城を「木造」で再建する会っていうのも。
小田原城 築50年で 建て替えの時期だそうですが
どうせなら 図面も残っていることだしコンクリじゃなくて・・・
ということなんですね しかし莫大は費用掛かりそうですねー

後援会の後の懇親会では 他の期のお知合いと久しぶりに会えて
うれしかったです
皆さん 相変わらず パワフル エネルギッシュ!
昼から飲み始めたので わが期は当然 二次回そして三次会に突入・・・
でも昨日は 母の日でしたのでねー
「一日 遊びに行っていい券」もらいましたので
主婦も サラリーマン&お父さんたちの聖地・新橋で
夜まで呑んだくれましたねー 
そしてホントに 多摩霊園のツアー決まりそうですよ
うわ― 頭痛いなー 絶対 いくつも見れないゾ
と 思いながら 墓々しく地図に書き込みする私です
足 丈夫になりそうだなー 
そして丈夫になっても 決して細くはならないだろなー
だって 歩くと お腹すくんだものなー

最後に昨日 怖い話の交換会をさせていただいたお二人
楽しかったですね ぜひまた続きを!
江戸検 心霊部でも立ちあげましょうか^^?
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by tukitodoraneko | 2015-05-11 12:15 | 江戸文化歴史検定

神田祭2015

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江戸っ子だってねい!? べらぼうめ! 神田の生まれよ!
・・・ってわけでね 
明日9日は 神田祭の神輿巡行です 
別に神田の生まれじゃないけど 今年は行かないとね
4年ぶりの本祭のうえ 大手町から遷座して4百年記念!
ちょっと 眺めに行きたいじゃないですか
巡行路は 神田明神のHPにあります
「ダウンロード」から 見れますよ
付け祭りの屋台=「大江山凱旋」「ナマズと要石」などの他
今年は 相馬の騎馬武者隊も加わります
これらは 水天宮のところから 午後三時に合流しますので
見たい方は これ以降の順路でお待ちになってください
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「神田祭2015」で検索すると これ→
が出てきてびっくりした方もいるかしら?
気にしないで! 
これはアニメ「ラブライブ」
中国では ラッピング電車も出たくらい 大変な盛り上がり様
今年は 神田祭とのコラボでえらいことになってます
伝統の祭りだと言うのに なんてこと!
と 怒んないでくださいねー
だって たぶん江戸時代の本物の江戸っ子たちも 流行りものには めっぽう弱く 浮世絵に引かれて 美人目当てに 寺社の茶店におしかけたり 岡惚れしたり 
付文したり 今と同じだったと思いますんで そこんとこ大目に見てやってくださいねえ  
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by tukitodoraneko | 2015-05-08 13:21 | 祭と歳事
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f0122653_12174163.jpg府中 大國魂神社 くらやみ祭 です
神輿は 八基 大太鼓 六張が
巡行します
昨夜は この渦中にいましたが
ほとんど身動きとれませんでした
高速道路の渋滞をあざ笑いながら
自分も ほとんど同じ身の上
バカですね~
でも 祭りだからしょうがないね~
どこからこんなに 集まったの?と
不思議に思われるでしょうが この祭
本来は 武蔵国府の祭ですので
府中市だけでなく 埼玉や神奈川にあった
一の宮から六の宮までの氏子が集まります
もちろん世田谷区や 品川区からも
囃子方 太鼓方などがやってきます
見物も含め70万人が 府中駅南の
甲州街道旧道に集中してしまうのですね
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府中市の人口が 25万くらいなのに この間は 三倍近くがここに集合
そしてけやき並木の家康が寄進したという馬場跡を お馬さんも疾走!
ぜひ 一度 見に来てね
穴場スポットを ご案内しますよ^^p
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by tukitodoraneko | 2015-05-06 12:48 | 祭と歳事

博多どんたく 

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5月の祭 目白押しです
今日は これから地元の「くらやみ祭」に出動しますが
昨日は 「博多どんたく」やってましたね
以下 HPより引いておきます
 
 平安時代 京都御所の正月 宮中参賀の行事が伝わり 博多では源平時代の後
 冶承3年(1179)正月15日「松囃子」を取行うとあります
 この「博多松囃子(はかたまつばやし)」を原型とし 宋との貿易を活発化させた
 平清盛の子・重盛が 博多の町にもたらした恩恵に感謝したのが 起源と言われます
 「どんたく」は、明治時代に一時禁止されていた「松囃子」を復活させる際に
 オランダ語で休日を 意味する「ゾンターク」から名付けられたと言われています
 原型となった「博多松囃子」は、福神流(ながれ)恵比須流 大黒流の3福神と稚児流の
 4流で構成されています。
 福神・恵比須・大黒の3福神が馬にまたがり 大勢の子どもたちは言い立て(祝い歌)を唄い
 大人たちは笠鉾(かさほこ)を立てて 市内(櫛田神社が出発地点)を祝って練り歩きます


博多の豪商・神屋宗湛の「宗湛日記」によれば文禄4年(1595)に
筑前領主・小早川秀秋の居城であった名島城へ 博多の町人が松囃子を仕立て
年賀の祝いを行ったと記されています
江戸時代には 福岡城 黒田氏の元へ 領民が 年始の挨拶に行っていたそうですよ
とりあえず めでたい「松囃子」で 領主に挨拶! 
というのが博多どんたくの基本なんでしょうね
神仏とはあまりかかわりなく 庶民が起こした祭りといえるのかもしれません
 
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by tukitodoraneko | 2015-05-05 14:30 | 祭と歳事