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二代目蜀山人!?

f0122653_1046441.jpg昨日の答え 問1-(ろ)蕎麦
問2-(は)釣瓶鮨 問3-(に)時雨 です
問3にかんしては 数日前ネットで見つけた本から出題しました
「江戸時代名物集」は 商標を集めた貼り込み帳です
とても役に立つ×10!なのでぜひ見てください
くずし字が苦手な方は 近世デジで「集古叢書」で検索してください
紫草・・・という刊本にたどりつきます
これにしか載っていない情報が多く 20p
くらいなものですので 簡単に読めます
このブログをご覧の方は みんなPC 使えるかと思いますが 「検索」でほとんどの
史料は読める時代です
もっと活用してくださいね
またHP(?)で「江美研(=江戸美学研究会)」というのがあります
江戸の商標をデザインとしてコレクトして
ありますが よくまとまっていて くわしいです
これもぜひ!江戸のデザインのページからバックナンバーが読めます
亀屋久兵衛=文宝亭文宝=二代目蜀山人のことは 「江戸時代名物集」に載っていました
この人 南畝の手蹟をそのままに書いたそうで
ある会で 南畝が一筆頼まれた時に「今日は文宝がいないから 自分で書くよ」
と言ったという逸話が残っています
また二代を継いだ時 村田了阿が狂歌を詠み
 二杯目のしょくさんぜんがよかろうと すすめたものは飯盛であろ
きっと宿屋飯盛(石川雅望)が すすめたんだろう と言っています
おもしろいですねー 私は これで初めて知りました 
ネットは 情報の宝庫です とりあえず検索!・・・これ大事ですよ

今日も問題 いきますよ

問1  天明七年(1787)刊「七十五日」には 江戸の菓子商218店と その品種342点
    が 載っています
    その品種の中で 47,9%を占めていたのは どれ?
  
      (い) 饅頭・団子  (ろ) 煎餅   (は) 餅菓子  (に) 干菓子

問2 向島にあった川魚料理で有名な料亭ですが 当初は蜆汁と麦飯ばかりを扱い
    一名「麦斗庵」とも呼ばれた店は?

      (い) 武蔵屋  (ろ) 中田屋  (は) 平岩  (に)大七

問3 テキスト「江戸の食文化」P158の見立て番付には 茶漬屋も載っています
    その中で 鶏卵以外は全て精進料理で 酒は徳利でなく土瓶で出し
    女中も11,2才までしか置かず 色香を遠ざけた特徴でかえって流行った店は?

      (い) しがらき  (ろ) 宇治の里  (は)七浦  (に)茶吉

検索してみて! 答えは明日
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by tukitodoraneko | 2014-07-31 13:56 | 江戸の食文化 | Comments(3)

福山のとちりそば

f0122653_9303497.jpg昨日の答え 問1-(に)福山 
問2-(に)鹿尾菜(ひじき)に油揚げ 
問3-(は)越王 です
福山は 堺町で 市村座と中村座の中間にあったのですね
役者が 舞台でしくじると ここから蕎麦をとりよせ 楽屋にふるまいました
「とちりそば」とも言われています
舞台に蕎麦が登場する時にも この福山が大活躍
「歌舞伎 蕎麦 福山」で検索すると 
← こういった絵が いろいろ出てきますよ
福山は 楽屋へ粗相かつぎこみ
間の悪い役者 そばやの一だんな

川柳や 蜀山人の「そばの記」にも 出てきます
歌舞伎関係の問題は 過去にも毎年必ず
一問は 出ています
これは 知ってるか 知らないか どっちかですので できるだけ 載せていこうと思います
一度聞けば 頭に残り 4択ならなんとかなるでしょう
問3 豆腐百珍に載っている豆腐の異名 見ましたか?
越王は 香煎(こうせん)の異名です 
「大和茶屋に越王を飲みに行こう」なんて風に使いました

さあ 今日もトライ!

問1 「新吉原」の全盛時代 なじみ客は 花魁に組布団一式を贈り 
「敷初め」の祝いをしました この時 客が関係者一同にふるまったのは?

     (い)  饅頭    (ろ)蕎麦    (は)餅   (に)鰻

問2 歌舞伎「義経千本桜」で 平維盛は 鮓屋に身を隠しています
     江戸の町にも 同名の鮓屋が何軒もありました
     その鮓屋の店名は?

     (い) みさごすし  (ろ)翁すし  (は)つるべすし  (に)玉すし

問3 二代目蜀山人を名乗った亀屋久兵衛・文宝亭は 飯田町の葉茶屋でした
     この店で 出した茶うけの菓子は 山の手の名物にかぞえられています
     その菓子とは?
 
      (い)葛切   (ろ)加増餅   (は)氷室  (に)時雨


答えは 明日!

       
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by tukitodoraneko | 2014-07-30 10:28 | 江戸の食文化 | Comments(3)

土用丑の日!

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今日は 土用の丑の日です  でも中国の食品衛生問題で 出足は悪そうですね
↑ 国芳のうちわ絵は 女性が鰻をさいてます
これは江戸前の鰻ですね うらやましい!
さて 昨日の答えは 1-(に)泥鰌汁 2-(ろ)芋 3-(い)蕎麦打ち職人
わかりましたか? とにかく調べてみるということが 何よりの勉強です
頑張ってくださいね
そしてすかさず今日の問題

問1 江戸時代 歌舞伎役者は 舞台で失敗するとそばをおごる決まりでした
     この「しくじりそば」 どのお店のそばだったでしょう?

        (い)ひょうたんそば  (ろ)正直そば  (は)藪そば  (に)福山

問2 歌舞伎「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」の河内山宗俊は
     商家の粗食を馬鹿にして 「だから知恵が出ないのだ」「この○○連中」と
    その副菜の名前でののしります 商家の常食だったその副菜とは?

        (い)煮染めに蜆汁 (ろ)目刺しに沢庵 (は)八杯豆腐に鰯 (に)鹿尾菜に油揚

問3 江戸時代 豆腐は様々な異名で呼ばれました
     次の内 豆腐の異名でないものは?

         (い)准南佳品  (ろ)小宰羊  (は)越王  (に)六弥太

問2は 村上さんからの問題ですよ 答えは明日!
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by tukitodoraneko | 2014-07-29 11:07 | 江戸の食文化 | Comments(3)

うまそうな天ぷら!

f0122653_13245388.jpg土日のこの時間は 室内も34℃だったのに
今日は28℃! 楽ですね~
さて 今のうちにブログを・・・
← 芳年の「風俗三十二相 むまそう」です
うまそう・・・ってことですね
食べてるのは 天ぷら
種類はわかりませんが 魚のようです
鱚(きす)とか鯊(はぜ)でしょうか?
「嘉永年間 女郎の風俗」と あります
私も天ぷら大好きですが おなか周りの事を考えて 泣く泣くがまんしています
山盛りの天ぷら食べてるこの人
うらやましいやら くやしいやら・・・
今に お腹ぽっこりになっちゃうからね!
江戸時代は 屋台店の多かった天ぷら
やがてちゃんとした料理屋でも「金ぷら」
として饗されるようになりました
江戸の番付にも載る日本橋「嶋村」では
今も 金ぷらランチ 食べられます
さて 涼しい内に 今日の問題

問1  安永6年の「富貴地座位」に 江戸名物がいろいろあげられていますが
     その中に あげられていないのは どれでしょう?

     (い)笹巻鮓  (ろ)淡雪豆腐  (は)蜆汁  (に)泥鰌鍋

問2 滝沢馬琴は 上方へ旅行した時 料理が口に合わないと散々にけなしていますが
     それでも「京で味よきもの」としてあげているのは 湯葉 麩 水菜 うどん
     あと一つは 次の内どれ?

        (い) 田楽  (ろ) 芋  (は) 鮒  (に) 干菓子

問3 江戸にあった口入屋  尾張屋 美男 大芝 は ある一つの職業の者だけを
     斡旋する口入屋でした   その専門職はどれでしょう?

        (い)蕎麦打ち職人  (ろ)鮓職人  (は)菓子職人  (に)鰻さき職人

以上 問1と2は 伴四郎会のおり 村上氏より出された問題です
答えは明日・・・・  
         
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by tukitodoraneko | 2014-07-28 14:15 | 江戸の食文化 | Comments(5)

浮瀬と「滑稽 江戸久居計」

f0122653_9332375.jpg昨日に続いて 今日も室内温度34℃まで あがりそうです
PCと 私の頭がオーバーヒートしない内に
昨日の答え あげときましょう
浪華天王寺のそばに寛永17年(1640)京・清水から勧請された新清水寺
この坂下にあったのが浮瀬です
各務支考(かがみしこう)が「清水の茶店」と書いていますね
江戸中期から明治初期まで続いた名店です
名物は 天然の鮑の大杯で この銘が「浮瀬」といい 七合半の酒が入りました
←「摂津名所絵図」ですが この他に鶉貝のような「幾瀬」
「白菊」「君不識(きみしらず)」などの酒杯がそろっていました
浮瀬を包むふくさは 唐織で 一説には長曾我部氏の陣羽織の布と伝わるそうです
今は どこにあるのでしょうかねー
安永の頃には 江戸にも同名の店ができたようです
こちらも大坂同様 酒豪の名前を帳につけましたので
 今日も呑まれて帰る浮瀬
        浮瀬の帳に女筆のおそろしさ

なんて川柳も残っています
当時から 女虎がいたんですね
あたしなんて ネコですから まだまだです
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さて二問目の答え「江戸久居計」
こんなのですよ →
これは 田所町広野屋 
屋台の天ぷら店ですね
挿絵は 歌川芳幾です
喜多さん どうやら犬に天ぷら
喰われちゃったようですね
人気のヤジキタを使って江戸の
食レポをするという趣向で 
岳亭春信の作
岳亭春信は 幕臣・平田氏の妾腹の子で 魚屋北渓の門人
絵は 北斎の弟子だったそうですよ
器用な人だったのですね

おお、また暑くなってきましたので 今日はここまで!
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by tukitodoraneko | 2014-07-27 10:28 | 江戸の食文化 | Comments(2)

犬の日々

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もう暑すぎるので せめて涼しげな写真にしてみました
英語の意味は 「夏のドッグデイの間は オタクの猫ちゃん涼しくしといてね」
ってことです
Dog daysは おおいぬ座のシリウスが天頂に輝く時期
=酷暑の時期という意味ですよ
長毛種のうちの猫 すっかりバテバテなので 一時間おきくらいに
アイスノンで冷やしてやります
ハタから見たら ふざけた光景だろうなー・・・と思いながら
せっせとネコを冷やす おバカな毎日です

さて、ではワンポイント英会話じゃなくて ワンポイント食文化いきますよ
問題です

問1  松尾芭蕉・滝沢馬琴 そして「鸚鵡籠中記」の朝日文左ヱ門重章も訪れた
     大坂 天王寺にあった有名な料亭は何と言うでしょう
     アワビ貝の大酒杯があり 酒豪の名前を帳面に書きとめるのでも有名でした 
     芭蕉はこの店で「松風の軒をめぐりて秋くれぬ」という句を詠んでいます

    (い) 住之江   (ろ)浮瀬   (は)誰袖   (に)松風

問2  「東海道中膝栗毛」で おなじみの弥次さん・喜多さんが 江戸庶民の食べ物を食べ歩く
     滑稽本のタイトルはなんというでしょう

(い) 歌仙の組糸  (ろ)烹雑(にえまぜ)の記  (は)菊寿草  (に)江戸久居計(えどくいけ)


わかった方は コメント欄にどうぞ
答えは明日!
    
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by tukitodoraneko | 2014-07-26 09:11 | 江戸の食文化 | Comments(2)

光秀と志麻と茄子

f0122653_1623724.jpg暑いからサボってたら 優しくお許し
いただいて 少しやる気出ました
しかし暑いですニャ!
先週の熱中症搬送者 3千人です
って!
せめて搬送されないよう 頑張りたいです
今日も庭で農婦になりましたが
首にアイスノン巻いてても 大量の汗・・・・まいりますな
こんな中 江戸検一級メールは いろいろ盛り上がってます
あの人たち どういうバイタリティかしら?
きっとクーラーの利いた室内で 快適にPC使ってるんだわ・・・・
くやしいから そういうことにしておこう・・・・
各種新聞で報じられた本能寺の「四国説」のこと
これは 斉藤利三(春日局のパパ)経由で 長曾我部氏と通じてた明智氏が
信長の四国征討を阻止しようとしたのが一因であるという説ですね
これを立証する手紙類が公開されて 話題になっています
しかし その他にも「バス通り裏」がどうの 岩下志麻がこうの・・・と
何やら暴走中・・・・
江戸検 男性優位なんでねー こういう時 話題に乗れなくてさびしいです
今一番興味あるのは 夏のコミケと 冬の「巨人、上野の森を占拠」です
あ、それと「江戸の食文化」ねー
f0122653_1783921.jpg少しだけど 上げときましょうね
← 国芳「江戸じまん名物くらべ」です
何を むいてるかわかりますか?
「茄子」なんですよ
江戸時代 なすの皮は今のより ずっと
厚く固いので むいて使ったんですね
「強肴」という名前の料理だけ なすは皮のまま煮る・・・と書いてあります
おもしろいですね
そういえば今でも 茄子を皮ごと焼いて 
皮をむいて冷やして 酢醤油で食べますね
この「江戸じまん・・」シリーズ 他にもいろいろあっておもしろいです
深川のむきみは「干してからあぶって食べる」とあります
当時の一般的な食べ方だったんでしょうか?
今ではわからない食文化 いろいろありそうですね
このシリーズ 役に立つと思いますので チェックしといてくださいね
 
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by tukitodoraneko | 2014-07-23 17:32 | 江戸の食文化 | Comments(3)

梅雨明け!

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書かなきゃなー・・・・・・・・・・・と 思うんですが
義務感で 書くのもナンだし 
ウチは様々な理由からクーラー使わない一家なもんで
パソコン触ると 暑くってね・・・・・
そのうえ 花火大会だの 夏祭だの行事もいろいろだし
庭の水やり 雑草との戦い 育ててるゴーヤやハーブ(脱法じゃないやつ)のお世話
夏バテしてるネコの看病やら 大量の洗濯と布団干し
ふき掃除も 終わると自分が汗でボロボロ・・・・
なんだかハッ!!!と 気付くと夕方で 夕飯の準備なの
でも まあ元気でいますので ご心配なく
食文化も ネタいっぱいあるのですが 打つのがイヤ・・・・
まあ 夜分ヒマな時に ぼちぼち 上げますので 時々チェックしてね^^p
今年も クーラーなしで 猛暑を乗り切る月猫一家に応援よろしく!
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by tukitodoraneko | 2014-07-22 13:53 | よしなしごと | Comments(2)

軍師官兵衛 第28回「本能寺の変」

6月2日 本能寺の変 とうとう起こりましたねー
TVだけでも もう数十回見てるでしょう いろんな「本能寺」
もういいかげん飽きたんで 書く気も起きないですが 
あまりさぼると ブログ見てくれる人 激減しますんでね
それじゃさびしいんで 書きましょうね
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↑ 「絵本太閤記」大正4年版 岡田玉山画
2日午後10時ごろ 光秀は藤田伝八郎に毛利家への内応の書簡を託します
一方 京の長谷川宗仁は 秀吉に向けて早馬を出します
長谷川宗仁は 京の町屋衆の一族で 茶人
信長の元で 武士化して行った一族の一員ですね
お墓は 京都・出町柳駅そば 長徳寺に残ってますよ
この二つの使い どちらが先に秀吉の元に届いたのか
第一報はどっちか はっきりとはしてないのですね
大河では 宗仁の早馬の方が先になってました
藤田伝八郎は 水責めの包囲網にひっかかり 三日の夜半とらえられます
宗仁 「明智日向守 謀反を起こし 上さま今晩 本能寺にてご自害なされ
     信忠さまも 二条城にて ご自害」
藤田(明智) 「今月二日 京都本能寺に於いて 信長親子を討ち滅ぼせり
         二、三日中には そちらの羽柴秀吉の陣中にても騒動起こり
         行く先を求めて うろたえることあらん その虚に乗じて討たれれば
         秀吉 いかに知勇ありとも敗れるべし」
両方の書状 こんな風だったようですよ

問題の官兵衛の一言 「これで御運が開かれましたな!」は 当然ながら 
太閤記には 書かれていません
よく この一言によって 秀吉は官兵衛を警戒し 黒田は九州の一勇に終わった
と 言われている問題発言ですが これは「黒田家譜」にしか 載っていません

では 今日はこの辺で・・・・
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by tukitodoraneko | 2014-07-14 16:23 | 大河ドラマ | Comments(1)

江戸名物評判記

f0122653_16335139.jpg「狼少年」のような台風が いつのまにか過ぎて行って
「猛暑」が始まりました・・・
いきなり暑くなって 専業主婦バテバテです・・・
← バテながらまた 本 買ってしまいました・・・
Amazonの1-clickは ダメだな・・・ 簡単に買えすぎて・・・
でも、ま、いっか 主婦だし 江戸とはいえ 料理本だし・・・
と いうことで 本が届くまで 手近にある本で 書いていきますよ
今日は 安永6年正月に出た「江戸自慢評判記」
すぐに見れる一枚物の名物評判や 名物双六の類
これ気をつけて見ると ほとんど安政か嘉永のもの
つまり幕末・・・江戸の終わりの十数年間のものです
この間に 消えちゃったものだってたくさんあるし
他の記録がなくて 実態のわからない名物・名店も 
たくさんあります
反対に 洲崎升屋(望汰欄)・中洲四季庵のように 幕末まで残らなかった
名店・名物もあります
両方 チェックしないと いけませんねー
と、いうことで比較的 見るのが難しい安永期の名物・名店 上げて行きます

まず 酒屋では 内田屋清右衛門と  四方忠兵衛  山屋半二郎
豊島屋は 「甘酒」で 載っています
料理屋では 深川の二軒茶屋(伊勢屋と松本)
百川は「さんとう 唐料理」として載っています
次に 初めて菓子屋として 橘屋助惣(助惣焼き)が出ています
そして 浅草 金龍山 (米饅頭)  ひょうたんや佐右衛門(うんどん・そば切)
両国屋清右衛門 (大仏餅)  真崎 甲子屋(田楽)
おきなや太兵衛 (翁せんべい)  中橋 おまん鮓  しんばし しがらき(茶店)
かさゐ太郎 (料理)  金沢丹後 (菓子)  笹屋陽水 (うどん)
鈴木越後 (唐菓子)  虎屋和泉 (餅菓子) 林氏塩瀬 (饅頭)
小松屋喜兵衛 (幾世餅)  いせや七郎兵衛 (和国餅)  めうがや九右衛門 (軽焼)

どうですかね? 幕末のものには載ってない店も結構あるかと思います
菓子屋は 一品しか売ってない店も 名物店として載っています
鮓屋も おまん鮓 一店だけですね
これが 安永期(1770年頃) 太田南畝らが元気いっぱいだった頃の評判記です
知らない名前は チェックしといてくださいね
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by tukitodoraneko | 2014-07-11 17:38 | 江戸の食文化 | Comments(3)