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伴四郎会 結成!

f0122653_16254840.jpg江戸検1級・二期会から 新たな会が発足し
昨日がその初回でした
「伴四郎会」という名前で すぐわかりますが
要するに「食べ歩きの会」です
今年のお題「江戸の食」にちなんで 江戸時代から続く老舗を 少人数で食べ歩くんですね
あ、もちろん お酒も飲みます
酒井伴四郎ってくらいのもんで 井戸水のように・・・
ま、それは冗談ですが 適度に呑みながら 
また「江戸のうんちく」披露しあいます
第一回は 「江戸の食」に関する模擬テストもありましたよ
すごいでしょ? その問題 今度書いてみましょうね
なかなか 難しかったですよ
あれ 全問正解できたら 今年の江戸検もカルいかな?
f0122653_16485629.jpg栄えある第一回は 老舗中の老舗 笹の雪
鴬谷駅 北口直進 徒歩2分です
私は 19年ぶり二回目でしたが 今は他では見かけない「下足番」のおじさん 健在でしたよ
赤じゅうたんも 昔のままです
ここは元禄年間からですから およそ300年以上ですね
右の図は江戸の「紫草」という冊子に載っていたもの
玉忠というのは 初代の主人の名 玉屋忠兵衛のこと
19年前は 9代目 奥村多吉氏でしたが 今はどうかな?
初代は 後西天皇の親王が 上野寛永寺の座主(公弁法親王)となるため 京を出た時に随行し そのまま当地で営業しました
法親王=上野の宮さまは この店の「あんかけ豆腐」が大好きで おかわりをなさった故事に因み 今も「あんかけ豆腐」は 小さめの椀で二杯ずつ饗されます
「笹の雪」のHPに詳しく載っていますが 赤穂浪士も食べたという「笹の雪」の豆腐フルコース ぜひ ご賞味ください
近くには 「子規庵」もあって 散策にもぴったりです
次回は 「いせ源」で あんこう鍋!
酒井伴四郎を見習って 江戸の食 食べつくすぞ~!!
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by tukitodoraneko | 2014-01-29 17:18 | 江戸の食文化

軍師官兵衛 第四回「新しい門出」

f0122653_15292263.jpg大河4回目で 官兵衛結婚です
永禄10年(1567)
相手は 志方城主・櫛橋伊定(くしはしこれさだ)の娘 光(てる)の方
この結婚は 仕える小寺政職の声がかりで
光は 政職の姪であったとも言われています
どちらにせよ黒田と志方 重臣二人を結婚により結びつけ小寺家の結束を高めようとしたのでしょう
櫛橋家は 藤原氏の末裔で 代々赤松氏に仕える血統でした
志方城は 現在「観音寺」となっているところです
この時 官兵衛は22才
そして 同じ年の暮れ 官兵衛の父・職隆(もとたか)は 40代の半ばで隠居を願い出 
官兵衛に家督を譲ります


  志方城跡と光の方
とくに病気でもなかったのに引退ということで 
小寺政職も はじめは思いとどまらせようとしたようです
しかし もうこの頃から官兵衛には それだけの器量があったということでしょうか
結局は 家督相続も無事に済み 官兵衛は若干22才で姫路城に移り 
城代家老の職につくのですね
この頃 すでに足利義昭は 保護を求めて転々・・・
翌年には 織田信長と共に 上京することになるのですね
時代が動きますね!
では この辺で・・・・
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by tukitodoraneko | 2014-01-26 15:56 | 大河ドラマ

軍師官兵衛 第三回「命の使い道」

f0122653_10452846.jpgさて 三回目の大河では
初恋のおたつが 婚礼の日に殺され
傷心の官兵衛は 堺へセンチメンタル
ジャーニー 当時の堺は国際貿易港シンガポールみたいなところ
そこで ← この人
荒木村重に出会います
村重は 織田信長と同い年ですので
ちょうど12歳年上
官兵衛が17才位としたら 30前ですね
この人は 後半生が大変なことになっちゃいますが まだこの頃は 青雲の志に燃えた
働き盛りですね
左の絵は国芳の「太平記英勇傳」
詞書きは柳亭種員です
大多春永(織田信長)の前で まんじゅうを
食べるシーンでしょう
荒木村重は 信長の前で 摂津を自分に任せてくれたら 国内の群雄を蹴散らしてやろうと大言
信長は 村重の度胸を見ようと 刀の先にまんじゅうを突き刺し 
これを村重の顔につきつけます
まわりがドン引きする中 村重は大口を開けて このまんじゅうを食い 
度胸を示して 摂津守に上りつめるのですね
後に信長の不信を買い 一族は滅亡
本人は 毛利氏を頼り 一人生き延びる・・・という
非難ごうごうの後半生へ転落しますが それはまだ先のこと

ではこの辺で また大河を見た後に・・・
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by tukitodoraneko | 2014-01-19 14:36 | 大河ドラマ

写実な江戸?

f0122653_122231.jpg

↑ これ見たことありますか?
写真みたいですが 絵なんですよ
ロバート・フレデリック・ブラムというアメリカ人が
1890年くらいに描いたものです
最近 新聞をゆっくり読むヒマがないので スマホで ニュースを読んでいます
これ結構おススメです 移動の合間とかに読めますからね
そこで見つけた記事なんですが このブラムさん
1876年のアメリカ・フィラデルフィア万博で日本のことを知り
夢中になっちゃったんですね
この万博は アメリカ独立戦争100周年記念として行われたもので
日本からは 植物園や日本の家屋 そして美術工芸品が出品されました
なんとかしてあこがれのジャポンに行きたい!・・・と奔走したブラムさん
夢かなって14年後 上野で行われた「第三回国内勧業博覧会」に
招待されちゃったのです!
f0122653_15172343.jpgそしてあこがれの日本にやってきたブラムさん
この人 絵が描けたんですねー
かなりうまいです
上の絵は「飴細工」で 右は「花売り」ですね
しかし彼が来日したのは1890年
とすると明治30年代ですか?
これ見るとまるで江戸と変わりないようなんですが 当時の情景を写生したんじゃないんでしょうか?
それとも江戸の風景を何かで見て 書き起こしたもの?
他の絵も ネットで見れますので よかったら
検索してみてください
なかなか見れない写実的なNIPPONが見れますよ
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by tukitodoraneko | 2014-01-17 15:29 | 江戸のあれこれ

百姓は米を作らない!?

f0122653_10494237.jpgブログどころか 読書の時間もあまりとれませんので 
← 今年に入って完読したのはこれ一冊
しかしこれが すごい一冊でしたね
もう「目からウロコ」どころか
全身脱皮しちゃうくらいの勢い!
歴史好きは 何をおいてもこの本
読んでなくちゃいけなかったのねー
もう読まずに江戸のこと 偉そうに書いてたこれまでの
自分が恥ずかしいよ・・・
この本はかの「経済新聞」の書評で 歴史部門の第一位になってます
どこがすごいかというと とにかく「学校で習った日本史は 何だったの!?」と思うくらい 私の日本史観と現在の日本史の常識とは隔たっていたことですね
f0122653_122176.jpg「百姓」って今 差別用語らしいですが もともとこの言葉は「職業を持つ一般人」のことでした
「インディアン嘘つかない」と同様「百姓 米つくらない」んですよ
このことに関してだけは「日本書紀」読んでたんで 
知っていました
朝鮮半島から「百姓(おおみたから)」が大勢 帰化した…などの記述があり それは様々な職業民のことを指すと知っていましたから
でもね すでに江戸時代には百姓=米作るが一般的だと思っていました
これが大きな間違いなんですねー
当時は 百姓の占める割合が多く 田畑が少なければ貧しい地域
という固定概念ができてしまっていますね
ところが「百姓」に区分された人々の中には 北前船を持ち廻船業で巨万の富を
築いた人も含まれているのです
他にもいろんな職業で 富裕となった人も「百姓」なんですね
この人たちは 農耕地を待たない、持つ必要がなかったのでさらに
「水呑(みずのみ)」に区分されてしまいます
水呑百姓って 最もボンビーな人々って常識は 間違っていたんですね
子供の頃 ご飯をちょっとでも残すと「お米は お百姓さんが苦労して作ったものだから
一粒も残さない!」と おばあちゃんに怒られてたのに あれも非常識?
とにかく一事が万事この調子で 学校で習った日本史=日本の常識と思ってたことが
小気味よく覆されます
「ムラ」のこと 「東西日本」のこと 「差別のこと」
「知らない」って恥ずかしい・・・を 痛感した一冊でした
まだ読んでない歴史好きの方々
ぜひ読んで この「恥ずかしさ」を共有しよう!
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by tukitodoraneko | 2014-01-16 12:25 | 本の話

軍師官兵衛 初恋のおたつ

f0122653_149485.jpg適当に書いてた大河ドラマ
もうちょっとちゃんと書かないと!
戦国期の大名の記録って 幼少期のものは
ほとんど不明です
乱世だったため 成り上がったものも多く
 記録に残らなかったのですね
黒田官兵衛の場合は まだましで「黒田家系図」によれば 万吉は天文15年(1546)11月29日 姫路で誕生
この日は雪で 当時は「家門繁盛の吉兆」として
喜ばれたそうです
1560年 14才の時 文才のあった母が死亡
このためか一時和歌や連歌に没頭しますが 
読み書きを習っていた僧侶に諭され 
武芸や兵書を学ぶようになったそうです
そして1562年 小寺政職の近習となります
ここまでは 大河でも済んでますね
そして幼なじみ=おたつの結婚に関してですが
記録では 同盟者・浦上清宗に嫁いだ妹(名不詳)が 
婚礼の日に 赤松政秀に攻められ夫婦ともに殺される…
という事件が起こっています
実の妹であったのか 父の養女になった娘かは 記録上ではわかりませんね
大河では この妹が初恋の「おたつ」でしたが
どちらにしても 婚礼当日に攻め込んで殺すって・・・
本当に戦国時代って 思った以上に「乱世」だったんですね
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by tukitodoraneko | 2014-01-15 14:33 | 大河ドラマ

軍師官兵衛 第二回「忘れえぬ初恋」

f0122653_15213215.jpg第二回は1561年ですから 
まだ15才くらい?
官兵衛の初陣もこの年です
小さな合戦だったので
あまり記録も残っていません
ただ官兵衛の父・職隆は当時
すでに主席家老だったので
先鋒の大将でした
官兵衛は 小寺政職の床几まわりに詰めていたようです
f0122653_15333964.jpgそしてこの時 官兵衛は自ら「使番」を
申し出て 普通は老練なものが務める斥候・
連絡役を見事にやりとげ その器量を証明した
ということになっています
そしてもう一つ 幼なじみで淡い初恋の相手・おたつちゃんは嫁入りするようですね
おそらく実在の人ではないので何とも言えませんが 神社の御師の娘でも きれいなら武家の養女になって政略結婚の道具にされたのでしょうか?
どうも来週あたり 可哀そうなことになりそうで
イヤなんですけど・・・
官兵衛の性格形成を語るエピソードの一つなんでしょうが
どうも正義感の強い「平和な世」を目指す人…的な官兵衛像で
ちょっとイメージ狂うなー
私は隠居して「如水」になってからの破天荒親父っぷりが
好きなんで どうも若い官兵衛 なじめないなー 
皆さんは いかがかな?
 
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by tukitodoraneko | 2014-01-13 15:49 | 大河ドラマ

軍師官兵衛 第1回「生き残りの掟」

f0122653_11183296.jpgさて第一回いかがだったでしょう
岡本くんは最初と最後の一瞬でしたね
16才はちょっと無理があるように見えました
あれで通用するなら 私も36才で
いいんじゃないかと・・・
ところで鶴ちゃんのやってた小寺政職(まさもと)のこと 少し書いておきましょう
鼻の赤いあの小寺氏は 赤松家の分家の血筋
官兵衛親子を重用して 小寺姓を名乗らせています
やがて織田信長が台頭してくると 
付近の領主たちはみんな織田につくか 毛利につくかと頭を悩ますことになります
この時小寺氏は 官兵衛の助言を入れて織田につくのですが 後に荒木村重らが寝返った時に これに同調して 
結局御着城は秀吉に滅ばされてしまうのですね
f0122653_14503154.jpg当時は 姫路城の方が支城で 官兵衛の父は ここの城代でした
また官兵衛の元服は 14才とも17才とも言われはっきりしませんが 永禄4年(1516)小寺政職の近習となり 御着城に居住するようになるのですね

まず初回はこんなところで
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by tukitodoraneko | 2014-01-08 14:53 | 大河ドラマ

大河ドラマ「軍師官兵衛」直前勉強

f0122653_1352959.jpgさーて もう始まっちゃうので書いとかないとね
← 黒田如水=官兵衛ですね
戦国期の人としたら 派手さはないけど
「知将」としてはトップクラス
竹中半兵衛と並び「両兵衛」と称された軍略の天才です
この人は 今の兵庫県・播磨の小寺政職(まさもと)の
家臣でした
祖父・重隆の時 この地に移り住み
父・満隆は 主君から一字をもらい職隆(もとたか)と
名乗るほど重用されていたのですね 
寛永のころ江戸幕府に提出した家系図と
それをまとめた「寛政重修諸家譜」によれば
宇多天皇の孫へと続く「近江源氏」の血筋で
近江佐々木に住んで佐々木氏をなのります
下って佐々木信綱の時 近江南部の六角家と 北部の京極氏に分かれ 
この京極氏の孫の代で 近江黒田に住んだのが 黒田家の祖ということです
そして官兵衛のひい祖父ちゃん・黒田高政が合戦の時
軍律違反をおかし この黒田を離れて 播磨に流れ着いた・・・
と いうのがこれまでの定説でした
f0122653_14391083.jpgしかし近年 兵庫県の黒田庄町・荘厳寺から
新たな「黒田家家系図」が発見され これによると黒田家の祖は播磨の有力者赤松円心の弟・円光で 
その9代後の治隆(はるたか)の時 合戦に敗れ滅亡 
その弟・孝隆(よしたか)は小寺家の家老となっていたので難を逃れた
この弟こそ 官兵衛であると書いてあったのですね
黒田城跡地のふもとにあたるここには 
← 今「生誕碑」も立っていますよ
まあ戦国期の家系図なんて みんなこんなもの・・・・
どちらが本物とも言い切れませんが とにかく楽しみですね
ではまた・・・
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by tukitodoraneko | 2014-01-05 14:53 | 大河ドラマ

もう3日だけど・・・

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明けまして おめでとうございます
大変 遅ればせながら 新春のご挨拶を申し上げます
年末年始 大型連休のせいか富士山がよく見えました
主に 西南方向のホームセンターに行く途中の車内からです
昨年後半から 思いもかけず忙しく ブログも開店休業状態になってしまいました
残念ながら しばらくこの状態が続きますが 忘れないでね・・・
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早生まれの私は 未年ですが
同級生はみんな午年が多く
今年は 年男・年女です
とても仲良しなんですよ
こんな風に →
若い時には 乗馬
習っていました
f0122653_1321332.jpgところで これ知ってます?
←「左馬」という縁起物です
家のそばには「府中競馬場」があり
そのそばの瀧神社には 騎手や馬主さんが
この左馬の額を上げています
なぜ左馬が縁起がいいのか・・というと
馬は右から乗ると転ぶ という言伝えがあるからだそうですが
本当でしょうか?
馬の反対はまう=舞うに通じて縁起がいいからという説も
あるようですよ
何にしても この一年 左馬にあやかって 駆け抜けたいと思ってる月猫です

今年もよろしく! 
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by tukitodoraneko | 2014-01-03 13:31 | よしなしごと