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大晦日

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はい! まだこういう ↑ 状態です
江戸時代なら 12月13日に済ますべき大掃除
あと数時間で年明けという今になって!一人で!頑張っております
しょうがないですねー・・・
今年は 年末 体調不備で 病院が終わるまで通いつめましたが
結局 原因は「ストレス」なんですねー
家族に「障害」を持つメンバーがいますので(その上 当人仕事が多忙)
帰ってくるまで 心配なんです
特に心臓に悪い寒い季節は 気が気ではないんですね
だから 家人が休みに入ったとたん 少しずつ体調が回復します
「病は気から」・・・って 本当にその通りだと思いますね
そのうえ パソコンまで3日間フリーズ
これも ストレスが原因なんでしょうか?
ま、両方とも 歳のせいとも言えるんですが・・・
やっと大晦日の今日になって 復調しました
だから 今になって大掃除なんですねー
来年こそ ストレスを溜めないよう 元気で家族のサポートができるよう
頑張りたいと思います
せめて 年内に掃除 終わりたいよ~

皆さま 一年間 お世話になりました
来年もまた よろしくお願いします

掃除に戻ります(゚´Д`゚)ノ 良いお年を!

浮世絵は
 三代豊国 安政2年(1855)「冬の宿 嘉礼のすすはき」です

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by tukitodoraneko | 2012-12-31 16:29 | よしなしごと | Comments(2)

今年最後の古本市

f0122653_13174518.jpg昨日は 京王デパートの恒例古本市 初日でした
初日はレジが混雑するので 行かないことにしていますが 他の用事もあったので行ってみたら この歳末の忙しい時に 古い本が何故そんなに欲しいんだ!?と思うほどの人手でした
私のような人が 世間には思いのほかいるんだわ・・・
全体は 正統的な古書(茶色でほこりっぽいやつ)がほとんどで 新古書・文庫はほとんどなかったです
ゲットした中で一番の変な本は ←これね
「宮武外骨著作集 Ⅰ 私刑類纂」
これね 「太陽」くらいの大版なんですよ
私刑に対して「リンチ」と書いてあるんですが
思ったより残酷ではなく 挿絵なんて笑えるぐらいの
もんです 日本国内だけでなくアジア・ロシアその他の奇抜な刑罰が なかなかおもしろいので買いました  
昭和47年刊 1000円でした
もう一冊 気になったのが法政大学出版局から出ている「河原巻物」
タイトルであれ?と思ったとおり 差別関係のものでした
日本中の「近世被差別部落」に伝わってきた由緒書・権利書としての河原巻物は 
そのほとんどが「擬書」なのですが その中には多くの史料も含まれています
それを収集・分析した本なんですね
「河原巻物」という言葉自体も初めて知りましたし 内容も 実に多くの示唆を含んでいます 
400円
f0122653_13491917.jpg「慶長大名物語」は あの「ねね」の甥・木下延俊の日記から 慶長18年の1年間を再現したもの
正月参賀は江戸の秀忠のもとへ 帰り道に駿府の家康のご機嫌を伺い 大阪城の秀頼のもとへ・・・
大阪の陣の前年の 東西陣営の間でゆれる一大名の生き残り作戦は なかなかおもしろそう  400円
この他は「維新風雲回顧録」 あの田中光顕の著  273円
日本の歴史15「織豊政権と江戸幕府」 525円

〆て 2598円のお買い上げでした
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by tukitodoraneko | 2012-12-27 14:01 | 本の話 | Comments(7)

NHK大河 平清盛 最終回の後・・・

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大河ドラマ「平清盛」は 清盛がテーマであって 
「平家物語」をテーマとしたわけでは ありません
だから 清盛死後の4年間はあっという間に終わってしまいましたね
しかし 実際の「平家物語」は 清盛の死後が長いのです
これは源平盛衰記でも義経記でも 同じこと
当時の人が(今も?)大好きな滅びの美学がそこにあったからです
「驕れるものは久しからず」の教訓と共に 哀れに滅ぶものの美しさを
人々は 聞きたかったのですね
江戸時代 歌舞伎が勃興すると すぐにもてはやされたのは
この「平家物語」の世界です
それも やはり清盛の死後の都落ち以降を題材にしたものがほとんど
義経の物語にしても 彼の成長期よりも 頼朝に追われてからのことが
歌舞伎では 大人気です 
大物浦(だいもつがうら) 吉野山 勧進帳 今でも有名な演目です
反面 清盛は栄華を極め 急死しましたので これまでは
典型的な「成り上がりの独裁者・暴君」で 片付けられることが多かったのですね
今年の大河は みごと その通念を覆してくれました
それだけでも よかったこと、と私は思いますがねー

先日「ここで清盛が 急死しなかったら・・・」と書きましたが
では もし清盛が初めからいなかったら と考えたらどうでしょう?
祖父・正盛と父・忠盛の働きによって 数多ある平氏の中から頭角を現した一門は
それだけだったら 伊勢平氏として地方に根を張り 戦国まで続いたかもしれません
もしかしたら 江戸時代には一大名として続いた可能性もあります
しかし清盛という一代のカリスマが出たことによって
かえってその滅亡が 大規模なものになってしまったのですね
最終回 頼盛の発した「平家は一蓮托生!」の言葉
それこそ 清盛が成した栄華栄耀への果てしない賛美の一言であったのですね


 
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by tukitodoraneko | 2012-12-25 12:37 | 大河ドラマ | Comments(0)

ボロボロ ホーリーナイト・・・

f0122653_18102064.jpgクリスマス・イヴですねー
毎年 本で作ったツリー「BOOK TREE」を出してますが もう今年は こんなんでもいいんじゃない?
子供が大きくなると 仏教徒の老夫婦ふたりきりで
クリスマスパーティもないもんだ!と思いますな
それにつけても 年々 一年の経つのが早いこと!
この時期 主婦も多忙です
私 今日やっと 冬花壇の植え付けが済みました
これも 11月からの腰痛→アレルギー→鼻炎→気管支炎もろもろの絶不調のしわ寄せです
今年は秋に何を思ったのか 球根2百個 買いました
本当に 今おもえば「なぜなの?」という行為です
それが届いた直後に 腰痛でダウン
鼻水たらしながら 12月始めに植えましたよ 球根2百個!
何 考えてんだよ、自分!?
ずーっと ぶつぶつ文句言いながら 黙々と庭を掘るおばさん
通りがかりの善男善女の心胆を寒からしめた光景でした
そのおかげで 次の日からまた筋肉痛・・・
どうやら 今年は恒例の年末の買出しもむずかしそう
もう 頭に来たから 全部ネットで取り寄せに変えました
「ねえ 正月用品 全部ネットで買っちゃうからねっ!」
と言ったら 家人は 「はいはい そうなさい」(← たいてい こう言う)
と 言ったけど 5kgのカニと 生うにと あわびのステーキと 肉の塊と
ありえないくらいの量のチーズと 大量のシャンペンとシャブリと日本酒が
明日から毎日 届き続けるのは 知らないだろう
そしてその料金が すべてあなたの金色のカードから落ちることも・・・

メリー クリスマス みなさん

老夫婦は さびしく シャンペンで乾杯です
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by tukitodoraneko | 2012-12-24 18:45 | よしなしごと | Comments(0)

平清盛 最終回「遊びをせんとやうまれけん」

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さて 最終回です
治承5年(1181)2月27日
清盛が 「頭風ずふう」を病んでいるという噂がながれ
その3日後にはもう「十のうち九は望みなし」と 伝わりました
そして閏の2月4日 午後8寺頃
幼い時から付き従っていた盛国の八条河原口にある屋敷で
息を引き取ります 享年64才
ほんの数日の間に 発病 悪化したのですね
その最後は「あつち死に」といわれ 大変な高熱をともなう病気でした
悪行の果てに 落ち目になり 滅んだように受け取られがちですが
この時はまだ 各地の内乱をなんとか抑えている状況です
実際 壇ノ浦で一族が滅びるのはこの4年も後なのですね
もし ここで清盛が急死しなかったら
平氏の武家政権は もっと続いた・・・かも しれないのです
少なくとも そう簡単に 頼朝政権に移ったとは思えません
ま、反対に見れば いい死に時であったともいえます
栄華の果てを見て あっという間に死んだ清盛は
好きなように おもしろく 生き尽くしたのでしょう
「吾妻鑑」にのる清盛の遺言を書いて終わりにしましょう

遺骨は 播磨国山田の法華堂に納め 七日ごとに仏事をせよ
京で 追善供養を行ってはならぬ
そして ひたすら東国を帰服させる策を立て 実行せよ

わが子孫は 最後の一人まで 骸(むくろ)を頼朝の前にさらして戦え!


死の寸前 それでも清盛はやはり「武士」だったのですね
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by tukitodoraneko | 2012-12-23 16:50 | 大河ドラマ | Comments(0)

ああ・・・平清盛が終わる

f0122653_13185425.jpgさあ! とうとう最終回です
視聴率低いのなんのと 主に「アイドル女優出せよ」という方々のご批判を受けてきましたが おもしろかったからね!
見なかったやつは 来年のおじさん殺しの
女優に飛びつけばいいわ!
若手女優がヒロインにならなきゃ 当たらない大河って もうよくわかりましぇ~ん
ま、でも無責任な「打ち切り」の声に良く耐えた!えらかった!
歴史好きは ちゃんと見てたぞっ!
松山ケンイチくん ほんと頑張った!
ここ最近は モノホンのじじいにしか見えなかったもん
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           思えば「高平太」の時代から →
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ほーら!武者姿もりりしい!

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そして太政大臣へと 昇りつめるのですねー

それぞれの時代に ヒトクセある清盛

松山ケンイチさん
一年間 おつかれさまでした

次なる飛躍 楽しみにしています

最終回に関しては またあらためて・・・・
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by tukitodoraneko | 2012-12-21 15:30 | 大河ドラマ | Comments(2)

自民圧勝と見性院

およそ軍勝 五分をもって上と為し 七分をもって中と為し 十分をもって 下と為す
五分は励を生じ 七分は怠を生じ 十分は驕を生じるが故なり
十分の勝は 大敗の因となるものなり


自民圧勝を受けて マスコミが引用しきりの上の言葉は
武田信玄公のお言葉ですね
驕らずに 国政に精進してくださいね

さて この信玄公ですが 京をめざしてあと少しのところで急逝します
死因は 病気とも 外傷とも言われてますね
信玄が もうちょっと長生きすれば 歴史は変わってたのに・・・
というのは 誰もが(特に山梨県人が!)いうところ
f0122653_10495677.jpg先日のTV番組は この武田家再興を
キーワードにしてました
本能寺の変のところは見逃しましたが たぶん穴山梅雪のことだろうなー
戦国好きの方々は もちろんご存知の
この人物 ネットで見ると割と嫌われているんですね 信玄亡き後 家康サイドに寝返ったから?
でも 南北朝のころ宗家と分かれて 
穴山(今の韮崎)に行った血筋で 
御一門衆の中でも重鎮です
「武田」の姓も許されてますし 
←「二十四衆図」でも信玄の左にいますね
この人のお母さんは 信玄の姉・南松院ですから 信玄とはオジ甥関係
そのうえ 妻が信玄の次女・見性院です
本能寺の後 家康と堺からの帰り道で 殺されたことになってますが これも大金を所持してたため家康と別行動をして 山伏に殺されたという説と いやいや 狸親父にやられたんだろう・・・という説まであります
この時の大金が「梅雪埋蔵金伝説」まで 生んでますね
まあ とにかく諸説ある人です
家康は 未亡人の見性院を北の丸に
保護してますし 夫婦の娘は 
酒井忠次の長男に嫁いでます
そのうえ息子・勝千代が16才で 早世してしまうと 
下山殿の産んだ自分の五男をその跡に入れています
しかし この子・信吉も21才で病死
穴山武田家は ここで断絶となってしまうのですね~
その後 秀忠の隠し子・幸松の養育を任され
この子を 知り合いの信州高遠藩・保科家に養子に出すのは ご存知の通り
この縁で 身性院の墓所 清泰寺には 会津松平家からの墓参が
今も続いているそうです
しかし もう一つ 野火止の平林寺には この人の供養塔があるのですが
これは 何のためかしら?
お寺の説明板もなし 由緒もわかりません
どなたかわかる方は 教えてね 
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by tukitodoraneko | 2012-12-20 11:36 | その他の歴史 | Comments(7)

歴史ミステリーロマンと幕末のジャンヌダルク

昨日たまたま途中から見だしたTV東京の歴史番組 
「戦国・大奥・幕末 封印された闇を暴く」という副題で
本能寺の変は 家康の武田家乗っ取りだった、とか
春日局VSお江VS信玄の娘 怨念 世継ぎ争い、とか
会津 歴史変わる秘密 白虎隊・新島八重・新撰組 驚きの真実
なんて内容が目白押しだったので つい見てしまいましたね
最初の本能寺の辺りは 見過しちゃったんでわかりませんが
以降は おもしろかったですよ
すべてを「武田家再興」というキーワードで読み解くという試みで
それはそれで 知らなかった事実もあり 興味深かったです
どなたか見られましたか?
わたし 基本まだ何にもできませんので ひたすら見るだけの人
TVめちゃくちゃ見てますよ~
信玄の娘っていうのは見性院のことですね
幸松=のちの保科正之を 養育した人ですね
ここで武田家と会津藩が つながるんですねー
f0122653_13153283.jpgそして ちゃっかり年末のTV東京のドラマ「白虎隊」の宣伝と
来年の大河の主役「新島八重」もでてきましたよ
幕末のジャンヌダルク・・・って
どっから見ても おじさんなんですが それは触れちゃダメなのかしら?
f0122653_13174870.jpgこのおじさんが 大河のヒロインになるとこうなっちゃうんですけど → 卑怯じゃない?
今年「絵づらが汚い!」って 叩かれたから きれいどころ持ってきたのね ズルい!
会津藩15ヶ条は 今でも「会津っ子宣言」として 
小学校で復唱されてるそうですが その中に
「卑怯なふるまいはしません!」というのもあるはずよっ!
これでまた大河に 綾瀬押しのおじさんが 戻ってくるという寸法ね
くやしいけど 当たりそうな予感・・・・
仕方ないから 本屋で大河本を買いあさって お勉強はじめましょ
昨日のTV 見た方 感想 教えてねー^^/
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by tukitodoraneko | 2012-12-18 13:32 | 大河ドラマ | Comments(6)

平清盛 第49回「双六が終わるとき」

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さて 視聴率が良かろうが悪かろうが あと二回
とうとう 最後まで 清盛 生き残りそうです
来週は どうせ最後にして最大の見せ場「壇ノ浦」ですねー
では 年表的な補足をしておきましょう
治承5年(1181)の正月14日に 娘・徳子の夫 高倉上皇が崩御します
やっと二十歳という若さですね
いくら孫・安徳天皇がいるとはいえ 政事は上皇がいないと始まりません
結局 平氏は再び 後白河法皇に院政再開させるしか手はなかったのです
二人が双六をするシーンが その象徴でした
 平安の時代は終わったのです
 これからは 武士と武士とが争う時代
 武士はもはや 王家の犬ではなくなったのです

そうですね 平氏の・・・というより清盛が動かした世は
結局 武士政権への入口を開いた、ということなのでしょう
その通りに これからは鎌倉・室町・そして戦国へと
戦いの続く世になって行きます
その中で 天皇家は 時に政権奪還をもくろみながらも
やがて ただの道具 思い通りに動かせるコマのようになっていくのですね
この翌月 清盛は熱病に倒れ 「玉葉」では 数日後の閏2月4日に
亡くなった・・・と 書いています 享年64才でした
おもしろく生きた一生だったでしょう

壇ノ浦の合戦で 一族が滅亡するのは この4年後のこと
文治元年(1185)2月のことです
最終回は ぜひ見てくださいね
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by tukitodoraneko | 2012-12-17 12:19 | 大河ドラマ | Comments(2)

第七回江戸文化歴史検定 結果

f0122653_127745.jpgtatsuさんのコメントでやっと気付きました
江戸検の結果 もう届いてるのですね
同時にHPの「受験データ」もあがってました
驚きの合格者6人 もう見ましたか?
全体の受験者は 前年と同じ約2千3百人です
うち1級受験者は 889人
合格率0,7%は 歴代二位に入る低さでしょうか
少なくとも 前年の17,1%に比べると あまりの差
たった6人では 関東在住とも限らないし 1期会作るのも 大変そうです
合格なさった方 何かお困りのことがあったら お知らせください
と、いってもパソコン使う方ばかりとは限らないし 大変かなあ・・・
他の数の少ない期と合同で活動する手もあると思いますので 
どうぞ連絡できる方は ご遠慮なくコメントくださいね
さて そのうえ 来年のお題は「忠臣蔵」
おお・・う、う~ん・・・という感じですね
今年のお題「15代将軍」に比べると そのピンポイントぶりはどうなの?
江戸初期の元禄時代の一事件が「お題」って どんだけ深くやらなきゃだめなの?
f0122653_1227642.jpgこの時点で それほど興味ない私だったら 
ドロップアウトね
ま、しかし 来年こそ!という受験者の方 
「忠臣蔵」オタクの方々 やらなきゃしょうがないんで 
また一緒にお勉強 がんばりましょうね 
とりあえず6名の合格者の方 おめでとうございます
ようこそ 江戸オタクの世界へ!
待ってたニャー!!!
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by tukitodoraneko | 2012-12-15 12:31 | 江戸文化歴史検定 | Comments(8)