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大圓寺 秋帆と緑雨

f0122653_12365011.jpgまた 間が空いてしまいましたが 本郷~御茶ノ水コース 
第三段 大圓寺に行ってみましょう
ここは 白山や円乗寺の近くの曹洞宗のお寺
読みは「だいえんじ」ですが 江戸の三大大火の一つ
明和年9年の大火の火元といわれた 大円寺とはちがいますよ
f0122653_12414756.jpgここには
八百屋お七の
供養のための
ほうろく地蔵があります
ほうろくは ご存知ですね
素焼きの皿のようなもので
何かを炒る時にもつかいます
今もいっぱい供えてありますので 信心なさる方も多いのでしょう
このお地蔵様は ほうろくをかぶって お七の業火の苦しみを 身に受けたといわれ
首から上の病に 霊験あらたかと いわれていますよ
f0122653_12494354.jpgそして この大圓寺さんの墓域の 趣のいいこと!
新参の墓マイラーではありますが 私のベストスリーだなぁ
ここには 高島秋帆・・・幕末の砲術家で 高島平も
この人の名に基づく・・・の お墓もあるんですが 
バックは普通の民家 
屋根の上に猫がころころしてます →
そして こぼれ種で咲いた「ねじ花(=もじずり)」や ほうき草が そこここに顔を出していて なごみます
f0122653_1326215.jpgここには 明治の文人ですが 斉藤緑雨の墓も
あります
生まれは 慶応三年ですから ギリギリ
江戸生まれですね
鴎外・幸田露伴と仲の良かった人で 観潮楼
あとにある「三人冗語」の石
← 緑雨と三人で この石の前で写真をとったので 今も残っています
この人は 貧困のうち 36才で亡くなっていますが 明るく ユーモアのある人でしたf0122653_13341122.jpg
 按ずるに 筆は一本 箸は二本・・・衆寡 敵せずと知るべし
・・・なんて 食べるにも困ったでしょうに いいですねー この明るさ
先日買った戸板康二さんの「ちょっといい話」にも載っていました
吉原にもよく行くが ただ「ぞめき」歩くだけ
そして郭内(なか)の湯屋に行き おでん屋で こんにゃくに芥子を
いっぱいつけて食べ 帰ってくるそうですよ
今度 近世ライブラリーで ゆっくり読んでみようと思っています

 ギヨエテとは おれのことかと ゲーテいい
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by tukitodoraneko | 2011-06-29 13:43 | 江戸あるき | Comments(10)

「江」と「仁」

たった二日 書けなかっただけで なんだかいろんな書きたいことがいっぱい
f0122653_12274413.jpg← まずこれからいきましょうか
視聴率UPの最終兵器として 投入された
向井理くん
なんで あんなに性格悪いの!
こにくらしいクソがきっぷりがうますぎるでしょ
秀忠は お江がおそろしくて 側室もそばに置けなかった小心者
ましてや 家康に対しては 使いの者が来ても 上座から降りるという心酔ぶり
いくらなんでも 性格ちがいすぎるでしょ
おまけに いつまでたっても江と秀勝は結婚しないし・・・
小田原出陣以前には 結婚してるでしょうに
と 文句たらたらです
f0122653_12343838.jpgその上 これもあっけなく終わっちゃったし →
現代に戻っても もうさきさんには会えないのね めそめそ・・・
しかし 久しぶりに当たった時代劇でしたね
時代劇のコンセプトとして 最重要なのは
「この時代に戻りたい!」と 思わせることだと思いますので
その意味では 大成功であったなー と
感じます
正当時代劇と SF交じりのものと 比べてはかわいそうですが
それでも 群像としての一人ひとりが 感情移入できる点では
「仁」が 上手でしたねー
今の所 江ちゃんは どこにでも出てくる割には
ただの狂言回しの脇役みたいになっています
個人の魅力が 引き立っていないのですね
男性陣からは 当に見放された今年の大河ドラマ
このままじゃ 女性ファンまで 失くしそうです
あー しかし この感想がやっと書けて すっきりしました
まだメールが 受信のみで 送信できないというトラブル中なので
今日は この辺で・・・
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by tukitodoraneko | 2011-06-28 12:53 | 大河ドラマ | Comments(6)

工事中

地デジに伴う工事をしましたら、昨日からネットにつながらなくなりました〓これは携帯からです。いつなおるのやら〓 しばらく連絡は携帯か家電にお願いします〓
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by tukitodoraneko | 2011-06-27 19:48 | Comments(0)

江~姫たちの戦国 第24回「利休切腹」

f0122653_100214.jpgタイトルからするとすでに明日は利休切腹ですねー
これは 天正19年(1591)2月28日のことですから
この年秀吉は 頼りになる右腕・弟の秀長を 病気で失っていました
それが1月22日のこと その翌月 閏1月3日には 愛児・鶴松が淀城で病気になります
この年は 初めて秀吉の厄年になったようですね
鶴松は 生まれた時から虚弱で 口中の病があったといわれています
この目に入れても痛くない我が子のために 秀吉は寺社に祈祷を命じ
自らも 紫野大徳寺へ参詣しています
この時 門前で 新しい山門の上に 等身大の利休像を見つけるのですね
 「にっくき坊主どものふるまいかな! 下郎の身ながら ぞうりの下を
  くぐらさんとは 不遜のきわみ その罪は必ず死をまぬがれず!」
絵本太閤記では 秀吉は激怒して 帰ったと書いてあります
利休の死の真相は 諸説あり どれが真実とも 今となっては断定できませんが
ま、この大徳寺事件が 引き金であることは 間違いないのでしょう
亡くなった秀長と利休が親しく これと石田三成派との対立・・・とか
いろいろあるんですけどね
他にも 茶道の好みの違い 茶器に関して暴利をむさぼった などと言われていますが
すでに70才になる茶道頭に 切腹を命じるほどの理由になるとは思えないけどなぁ・・・
とにかくこの年 秀吉は 弟・秀長 そして長年の茶の友・利休
そして8月には かけがえのない愛児・鶴丸を 相次いで失うことになったのでした
今でも お茶の世界では 「利休忌」という日があります
私は 表だったので 新暦の3月27日に 裏千家では28日に行います
利休好みのお道具を使ったり 利休の好きだったという菜の花を生けたりするんですね
ちょっと思ったんですが 茶道の方々は やっぱり秀吉嫌いなのかしら?
ちょっと 聞いてみたいですね

ところで「利休にたずねよ」 お読みになりましたか?
私は 新刊小説にまで手が回らないので いまだ読んでません
お読みになった方 モテモテの色男・利休の感想
聞かせてくださいねー 切腹の理由もねー
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by tukitodoraneko | 2011-06-25 10:52 | 大河ドラマ | Comments(6)

Sweet sixteen ~16才の恋

急に古本市へ行きましたので 江戸歩きのレポート 間が空いてしまいました
今日は 円乗寺に進みます
f0122653_1135331.jpg八百屋お七の話は 皆さんご存知でしょう
「火事で焼け出され 一時仮住まいした場所の寺小姓と恋に落ち もう一度会いたいがために 放火して
火あぶりの刑になった16才の娘」 
要約するとこういうことですね
さてでは この「お七火事」 いつのことかというと 
唯一確かな日付 お七が処刑された天和3(1683)の
3月から逆算して お七一家が焼け出されたのは
天和元年(1681)2月の大火で
彼女が付け火したのは その翌年の1月の火事だろう・・・と言われています
しかし この放火事件に関しては 近所の人が気付き すぐに消し止められたので大火にはなっていない・・・・という説もあります
とにかくこの事件はお七の処刑後三年目 貞享3年(1686)には 井原西鶴が「好色五人女」に書いて 
大ヒット
これが 人形浄瑠璃(八百屋お七唄祭文)や歌舞伎に
なり あっというまに広まりました
「好色・・・」は お七の恋の相手を吉祥寺の吉三郎と
書いたので これが一番有名になってしまいましたが 
実際は お相手の名前も左兵衛だのなんだのといろいろです
時が経つにしたがって 後の作者がいろいろと自分なりの物語を追加していったということでしょう
変わらないのは そのお墓がこの白山の近く円乗寺
あるということ
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真ん中が一番古いもの
右側は 歌舞伎になった時の慰霊碑で
左は地元の方々の立てたものだそうです
芝居関係で 建てられた碑は たくさんありますが ほとんどが時代と共に分からなくなっていきます
こんなにちゃんと残っているのは 四谷怪談のお岩さんと お七さんくらいでしょう
f0122653_11383773.jpg16才の少女のけなげな恋を 江戸の人々は憐れに
思ったのでしょうか
すぐそばには その菩提をなぐさめるため
← お七地蔵も 立てられています
今は せまい敷地になってしまった円乗寺ですが
移転には地元住民が大反対したそうで
おかげで 今も江戸の空気が残る いい場所に
なっています
恋愛中の方は ここに参って お七のパワー
もらってから アタックしてみてください
もちろん 放火は今でもご法度ですから
穏便にアタックね 
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by tukitodoraneko | 2011-06-24 11:50 | 江戸あるき | Comments(5)

本棚のラビリンス

f0122653_95536.jpg昨日 また一冊 書き忘れてしまいました
どうも 帰りがけに読んでしまうと 忘れがちですね
← おなじみ 三谷一馬さんの資料画集です
厚い豪華本は 手が届きませんが 
文庫版で せっせと集めています
ときどきブログでも使わせていただきます
江戸検を受けよう!と決めたとき とにかく絵で見るのが一番わかりやすいと思って このシリーズ 集めはじめました
三谷さんは 明治45年生まれで東京美術学校の日本画科を卒業
黄表紙・浮世絵はじめ 膨大な江戸の絵画資料を渉猟して
復元してくださっています
f0122653_1064321.jpg昨日は まだ持ってなかった「吉原編」が たまたま棚の奥にあったのを
文字どおり 「掘り出して」きました・・・700円
江戸博の売店では まだ売っていると思いますが
最近 本屋・古本屋でも 見かけなくなっています
古本市で 豪華単行本を見かけるくらいですね
一度買ったら 手放すことはない種類の本ですので
ますます出にくくなるでしょう
ぜひ 見かけたらゲットしといてください
着物の柄や 道具類 髪型などが忠実に再現され
江戸時代の図版も 分かりやすく採録されています
時代劇を書く人は みんなこれ読んでるだろうな
と 思いますよ
f0122653_10172910.jpg昨日は あの暑さの上 冷房もない地下広場
そのうえ 本棚の列に囲まれて あっというまに迷子状態
この棚はもう見た気がするけど でもあっちはまだかな
まるで 家に飛び込んだ野鳥みたいに ウロウロばたばた
会計の前を通るたび うろんな目で見られてる気がしましたよ
10回くらい くるくる回ってましたからね
でも やめられない 古本あさり・・・
あの本棚の作る迷宮こそ 世界で唯一 迷い続けていたい
ラビリンスだもの・・・!
そして私は 古本の国のアリスだもの!
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by tukitodoraneko | 2011-06-23 10:30 | 本の話 | Comments(5)

夏至の夜のお楽しみ

f0122653_15525164.jpgいやー さすが夏至! 東京も30℃越えてますねー@@
暑くなってくると 古本市の季節ですよ
今日は 新宿西口地下広場です
こないだ「燕石十種」買ったばかりなのに
なんでまだ本がいるんだ・・・?
ごもっとも! しかしあれは いわば勉強のために読む本でして
いわば メインディッシュ がっつり取り組むんですね
それにくらべ古本市で出る本は デザート・・・とでもいいましょうか
つまり「別腹」なんですねー
その上 たまにゲテモノや珍味など 思わぬ掘り出し物にも
出会えます
f0122653_15583550.jpg戸板康二先生の「最後のちょっといい話」・・・300円
これなんて デザートというより 酒のつまみになります
「江戸怪談集」は 百物語評判や諸国百物語が収録されていて
暑い季節にピッタリの 季節のお菓子・・・500円 
f0122653_1672018.jpgこれも つまみ系 →
それも 珍味です
これを書き残した井筒月翁
その後の消息 わからないみたいです
表紙は 小村雪岱で
「久坂を追うお辰」
中味も 幕末の志士と京芸者の実話です・・・250円
f0122653_16153083.jpg← これもなかなかの珍味
徳川慶喜の4男のひき逃げ事件
芸子になった子爵令嬢など
三面記事的内容が満載です
お菓子の詰め合わせのような一冊ですね・・・350円
f0122653_1623487.jpgこれは 日本橋で生まれ育った長谷川時雨女史の回想記 →
まだ 江戸と地続きだった頃の話が 写真・絵入りで楽しいです 
お父さんは 千葉道場に通っていたとか
この時雨さん すごい美人ですよ
そして「女人芸術」という雑誌に書いていただけあって
とても文章がうまく 読みやすいです
この頃のものは「聞き書き」が多く ものすごく読みにくいものも
ありますからね   これも おつまみに・・・500円
f0122653_16334529.jpg ← 最後はこれ
どこかに あったはずなのに 出てこないから
もう一度 買いましたよ
汗ばむ夏の夜に ちょっとヒヤ!っとするこの一冊
昔なつかしい氷菓・・・って感じでしょうか・・・500円

しめて6冊 3100円のおつまみ・デザートセットでした
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by tukitodoraneko | 2011-06-22 16:40 | 本の話 | Comments(4)

白山権現

f0122653_13115729.jpgツアー最初は 三田線「白山」駅を降りたら すぐそばの白山神社のあじさい祭りです
江戸時代には 白山権現ですね
江戸開府以前からあった古社で 加賀一の宮(白山信仰)を勧請し 最初はもっと本郷寄り
今の本郷一丁目にあったそうです
それが2代・秀忠の時 江戸の土地割をしてた頃に小石川に遷座・・・
つまりお引越しします

しかし 1657年明歴の大火があります
この年号だけは覚えといてくださいね
この年前後で 江戸は 様変わりします
吉原が 浅草田圃に移ったのも この直後です
この時 後の5代将軍・綱吉が住んでいた神田橋御殿も焼けてしまい
代わりに この白山権現のあった小石川の地に移ってくるのですね
これで 白山権現は今の地に移るのですが 土地の名だけはそのまま残り
旧地に建った御殿も 白山御殿といいます
綱吉が将軍になると ここは幕府の薬園になり 後 小石川養生所もできますね
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f0122653_13333595.jpg↑ 名所図会に彩色したものです
こうして見ると ずいぶん広く 高台にあったのですね
右手上部から続くのが 参道で 手前下部の階段は
今 こんな風になっています →
降りるのはいいですけど 登るのはイヤですねー
あじさい祭り自体は 最近できたもので
今年で 27回目ということですよ
江戸時代から続くのは「旗桜」です
源義家が 奥州征討の途次
この木に旗を立てかけたという由緒があり
桜の花のしべの部分が飛び出し 旗のように見えるので
旗桜・・・と 呼ばれました
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by tukitodoraneko | 2011-06-21 13:46 | 江戸のあれこれ | Comments(2)

白山~御茶ノ水ツアー

f0122653_12175336.jpg昨日の日曜日は 隔月くらいで行っている
「江戸検1級」仲間の ツアーでした
1時に 三田線の白山に集合
白山神社の「あじさい祭り」の最終日は 大変な人出
お富士さんに登る人も 長蛇の列でした
地元のお祭りが 活気があるのはいいことです
昨日は思ったより 蒸し暑くて あじさい
ちょっとかわいそうでしたけどね
それから 八百屋お七のお墓 大円寺ほうろく地蔵
近藤重蔵 高島秋帆のお墓も 見ました
そして かねやすの前を通って 最高学府へ!
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この中は いろんな遺物の宝庫ですねー
先日書いた「向岡記」や弥生土器の発掘場所
三四郎池や赤門もちゃんと「医薬門」の説明を
してくださる方がいますので よくわかります
だいぶウロウロしましたので 少し偏差値
上がったかもしれません
かしこそうな方々が日曜もいっぱいいましたよ
ここで東大土産 買って来ました
f0122653_12433580.jpg
そして 湯島天神 聖堂 神田明神と ツアーは
まだまだ続きます
しかしこの辺の 高低差はすごいですね
一日中 坂道を上り下りしてた気がします
その代わり 神田明神から見下ろす景色は
バツグン!
江戸の人々も こんな風に お茶でも飲みながら
眼下に広がる江戸の町を 見下ろして歓声を挙げたことでしょう
明日から 一ヶ所ずつ 少し詳しく書いていきましょう
江戸の空気が残っている いい感じの所ばかりです
では また明日!
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by tukitodoraneko | 2011-06-20 12:52 | 江戸のあれこれ | Comments(0)

江~姫たちの戦国 第23回「人質秀忠」

さて 明日の大河ですが ゲゲゲの秀忠が登場し 江と会うようですね
実際は 先週書いたとおり 11才の秀忠は天正18年 一月に初上洛
聚楽第で 秀吉と会って わずか5日で 帰国しています
f0122653_13123343.jpgそして この時 江はすでに ←この方
秀吉の甥・小吉秀勝と再婚していますよ
小田原攻めの時には 江はもう二度目の人妻になっているはずです
この戦で 戦功をあげ 秀勝は甲斐・信濃の
二ヶ国をもらうのですね
実際のところは 「徳川実記」から読みますと
秀忠は帰ってきた翌月2月には甲冑始めも済み

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22日 親子で 駿府出陣
そして 3月1日には 秀吉の大軍も京を発ちます
しかし ご存知の通り この小田原攻めは長かった!
小田原城を包囲したまま ここで延々と にらみ合い 
石垣山に 一夜城を築いたのも この時ですね
ダラダラ続く会議などを「小田原評定(ひょうじょう)」というのも この時から
箱根近辺の温泉場が 流行りだしたのも 退屈した秀吉勢が 入りに行ったから・・・と伝わっています
この時 小田原を包囲した秀吉軍は 三十万ともいわれています
「台徳院殿御実記」によりますと

  三月二十九日 湯元堂にて 諸将を集め 酒宴して 軍議ありける時
  秀吉 家康を召され 「秀忠を呼びてこの大軍を みせらるべし」と
  仰せあり・・・やがて 大久保新十郎忠常 時に十一歳 一人 お供して参る
  秀吉 自ら甲冑をとり出し 秀忠公に着せ参らせ 「我が武運にあやかりたまえ」
  と言い お背を撫でられしとぞ


ということだったようです
秀忠 この時 12才
本当は クールどころか まだまだお子ちゃまだったわけですね!
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by tukitodoraneko | 2011-06-18 13:48 | 大河ドラマ | Comments(6)