<   2010年 08月 ( 23 )   > この月の画像一覧

初代の戦場カメラマン

大河ドラマに テリー伊藤扮する上野彦馬が出てきたので 書いてみましょう
f0122653_11212270.jpg← はい、こんな人
当時の最新機器を扱うので ハイカラな人とイメージされがちですが ごく普通の方です
天保9(1838)年生まれで 竜馬より三つ年下です
代々 絵師をつとめるお家柄だったそうで
お父さんは 長崎奉行所の御用時計係もつとめ
最初の銀板写真機=ダゲレオタイプを輸入して 
島津斉彬に献上したのは この人ですf0122653_11274823.jpg
はい、これが→ 島津斉彬
日本では最も古い銀板写真
言われています
竜馬達が撮っていたのは「湿板写真」です
これを よく混同してしまっている方が多いのですが
露出に30分もかかるのは 古いタイプの銀板写真のほうです
よく磨いた銀の板に映像を焼き付ける物で
これは 一回の撮影で 一枚しか撮れません
その上 鏡にうつすように 左右逆転したままなんです
そのため これで 写真を撮るときには 
着物のあわせを反対にし 刀も逆に差して 撮ったんですね
首が動かないように「首押さえ」なんて器具を使ったのもこの頃
しかし イギリスで湿板写真が発明され
上野彦馬は これを舎密学(せいみがく=化学)の本で見つけて
興味を持ちました
f0122653_1140841.jpgこれは ガラス板にコロジオンという感光液を塗り 撮影するもので
反転しない映像が得られるだけでなく 時間も大幅短縮
そのかわり 板が湿っているうちに 鶏卵紙に現像しなければならないため
どうしても スタジオ内の撮影に限られてしまったようです
しかし ここにたどり着くまでが 一苦労
アンモニア一つとってみても どこに売っているわけでなく
彦馬は 肉をこそげ落とした牛の骨一頭分を土の中に埋め
掘り出して 鍋で煮る・・・というやり方で 手に入れました
そのあまりの匂いのひどさに 近隣住民から 奉行所に
訴えが出るほどだったといいます
どんな道でも 先駆者は 大変ですね
ある時には なるべく光線のいいところ・・・と
屋根の上に 顔だけ真っ白に塗った人を乗せたといいますが
これも 今なら 都市伝説になりそうですね
そんな苦労も 今はむかし
こんな私でもちゃんと 撮影からプリントまでできるデジカメ時代です
彦馬さんに 見せてあげたいですね
最近 TVでは 戦場カメラマンの渡部さんが 大流行ですが
彦馬さんは 日本発の戦場カメラマンでもあるんです
維新後の「征南戦争」に従軍して 記録写真を残しています
この時に 西郷さんもこっそり 撮ってくれたらよかったのにね
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by tukitodoraneko | 2010-08-31 12:02 | 幕末

第35回龍馬伝「薩長同盟ぜよ!」

とうとう 竜馬第一番の大仕事 「薩長同盟」が成立しました
f0122653_12594328.jpg

f0122653_130490.jpg↑ 上がその
「盟約」が
書かれた部分
← こちらは 
桂小五郎の求めで 竜馬が
内容保証の
裏書(紅字)」をしたもので 
日付は
2月5日になっています
「盟約書」が書かれたのは 慶応2年(1866)の1月22日のこと
場所は 京都の薩摩藩邸で 出席したのは 小松帯刀 大久保利通 それに西郷さん
長州側からは 桂小五郎が一人出席していました
これは 長次郎の死から たった8日後のこと
たぶん まだその知らせは 竜馬の元に届いてはいなかったでしょう
この「薩長同盟」の構想は すでに何年か前から 一部の人々の頭の中にあったものです
幕府は 強硬な長州征討を実現しようとしていましたが
この時 征長総督を務めていた西郷も こんな時に内輪もめで戦力を浪費したくない
外国からの干渉を招く原因となる・・・という思いで 第一次の征討は 一度も戦闘することなく
長州からの謝罪を引き出していたのです
こういう形勢を見て 福岡藩の月形洗蔵 そして中岡慎太郎などが
二つの藩が なんとか手を結べないものだろうか・・・と思案していたのです
ここへ 前年から 加わったのが竜馬でした
そして 桂小五郎の心が動き 下関での会合が計画されたのですね
しかし この時点では まだ西郷さんの気持ちは固まっていなかったのでしょう
和解すら済んでいないのに 両藩が協力して時局にあたる・・・ということまで
まだ 西郷の決心は ついていなかったため あのようなドタキャンになったのだと思います
最後の一押しが 竜馬の「亀山社中」を使った 武器の買い付けと
長州から薩摩への 兵糧米の輸送だったのですね
薩摩と長州とが 互いにその誠意を見せ合い 信頼関係を結び
こうして 「薩長同盟」は 成立しました
やがて来る征長戦争に対しての両藩の確約
  戦局がどうなろうと 薩摩は朝廷に対し 長州の復権のために尽力すること
  そして 後方支援を続けること
  また 復権後は 両藩ともに朝廷のため 皇威回復に尽くすこと
などが ここで約束されました

そして 同じ日 幕府は朝廷に 「長州藩への処罰」を進言し 勅許を受けていたのでした
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by tukitodoraneko | 2010-08-30 14:21 | 幕末

第34回龍馬伝「侍、長次郎」

やっと今日になって 再放送で長次郎の最後を見ちゃいました
予想通り 涙、なみだでしたよ・・・メソメソ
何も死ぬ事は無かったのに 残念なことです
生き延びていたら 岩崎家同様 維新以降財閥になっていたかもしれないのに・・・
f0122653_1546229.jpg←大河でも出てきました長次郎の「袴裂(はかまぎれ)」は 長男・百太郎のご子孫の方が 今も小倉に在住していて 大事に保管なさっていた物です
裏はこのように 茶と黒の碁盤縞
これも長次郎の身に着けていたものなのでしょうか?
長次郎が 文久3年(1863)に結婚したお徳は
大坂の勝塾に出入りしていた大きな商家の娘でした
父親は 南鍋屋町の会所主をしていた大和屋弥七
食べていくのに 苦労はしなかったでしょうが
f0122653_15583121.jpg長次郎はとうとう一粒種の百太郎の顔を見る
ことなく 29才という若さで散ってしまいました
袴裂の表には「故 梅花堂書屋居士袴裂」
とあり 切腹時の血痕も残っています
この文字は 誰が書き入れたんでしょうか?
「御贈位の御時に・・・」のあとに 「谷蔭や・・・」の和歌があり
その後の銘は 百侘・・・と読めるのですが
これはもしかしたら 息子・百太郎が後年に
使った号なのでしょうか
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近藤長次郎も
他の幕末の志士と同様
後年に顕彰され 「従五位」を受けていますので
この和歌は その時に書き入れられたのかもしれません
現在は 高知市民図書館に寄託されているものだそうです
長次郎に関しては 吉村淑甫さんの
「竜馬の影を生きた男」 という著作が 宮帯出版社というところから出ています
ご興味のある方は こちらをどうぞ

さようなら 饅頭屋 
イギリスに行きたかったよね・・・
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by tukitodoraneko | 2010-08-28 16:17 | 幕末

三吉慎蔵のこと

大河では 三吉慎蔵がすでに登場したようですので 書いてみましょう
筧利夫さんが やっています長州藩の「槍の慎蔵」です
f0122653_10413078.jpg今年の6月まで 上田市の「池波正太郎真田太平記館」で ←こういう特集をやっていたそうです
三吉慎蔵は はじめ薩長同盟の介添えとして
京におもむく竜馬に「護衛役」としてつけられますが 
その謹厳実直な人柄から 竜馬とは友人関係に
なった人です
「宝蔵院流」の槍は 免許皆伝の腕前で 
伏見寺田屋の事件では みごと竜馬を守って 
薩摩屋敷に逃げおおせていますね
その後も 二人の信頼関係は続き 竜馬は
自分にもしものことがあった時には お竜と
その妹・お君のことを頼む・・・と 頼んでいます
この言葉通り 竜馬の死の直後 4ヶ月ばかり 
お竜はこの長州・南の浜の三吉宅で 暮らしていますよ
f0122653_11402555.jpg慎三は 竜馬より四つ年上 当時は30代半ばです
この後も 毛利家に仕え 維新後は藩主・元敏と共に
江戸に出 北白川宮家の御用掛りを兼任しています
この人は あの寛永寺のご門跡だったひとですね
徳川家と 仲がよかったばかりに 抗戦派の幕臣たちに
東北まで連れて行かれ 苦労した方です
近衛師団長として台湾で客死した不運な方でもあります
今 元・近衛師団庁舎あとの「工芸館」前に 
馬に乗った銅像が残っています
慎三は 明治23年までこの職を務め 24年 元敏と共に帰国して 故郷の家で 明治34年まで生きて 71才で
病没しています
f0122653_12123910.jpgご長男は 米熊さんといい 東京農学校(現・東京農大)で 化学を専攻して 後 長野県に奉職して 養蚕業の発展に尽力した人で 
←上田市に銅像がのこっています
龍馬と 父・慎三との特別展がここで開かれたのも 
何かのご縁
上田の澄んだ青空の下で きっと喜んで眺めておられた
ことでしょう
では また明日 
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by tukitodoraneko | 2010-08-27 12:17 | 幕末

亀山の白袴

しばらく本の話ばっかりだったので 幕末に戻りましょう
と、言ってもまだ大河の今週分 見てないんです
見ないでも分かる事だけ 書いておきましょう
f0122653_1119583.jpgまずは 亀山社中の白袴のこと
この白袴が制服として採用されたのは 竜馬が薩長同盟に奔走している間の事のようですが 正確にいつ?誰の提案で?というのは はっきりわかりませんでした
当時 白地の袴というのは切腹の時くらいしかはかないものなので やはりイギリス海軍のセーラー服=水夫服をまねたというのが 船乗りの彼ららしい理由だったのかもしれません
とは言っても 社中の人間が これを着ていた写真ってあまり残っていないんですよねー
f0122653_11404940.jpg竜馬のこの→写真が
白袴と言われているんですが なにせ
白黒写真なので 薄い色は全部こんな風です
もしかしたら薄いベージュやグレーだったかもしれないですね
本当に「白」なら もっとはっきりした白さで写るんじゃないの?と思えます
f0122653_11484711.jpg←これは
なつかしいアニメ「ポパイ」のセイラーメンですが 
当時のセイラー服のズボンは もっと太く
広がっていて 確かに袴に似ています
やはり これが頭にあったのかもしれませんね
さて そんな「亀山の白袴」ですが 長崎では決して 評判のいいものではありませんでした
そりゃそうですね 現在の「青年商工会議所」のメンバーじゃないんだから
「土佐史談」では 
    ややもすると喧嘩・口論となり火花が散る 掴み合いまではまだよいが
    時には太刀を引き抜いたりすることも、再三再四のことではなかった・・・・とあります
再三再四じゃないってことは 五割がた 太刀を抜いたんですね?
そのうえ 大酒のみで女好き 普段は無口な竜馬も大声で流行り歌をうたうのが大好き
ときてるんですから 長崎の人々が「白袴」が来た!といって そそくさと道を避けたというのは
本当のことだったのでしょう
長崎に長く住んでいる方のブログでは 昔 乱暴物を「亀山の白袴のようだ」といった時期もある
と書いてありましたよ
どうもこの 土佐人=乱暴者という認識は 外国人の間にも広まっていたらしく
幕末の海外公使や アーネスト・サトーの書いた物を読むと
一様に 「最も野蛮なのは土佐」という 記述が結構出てきます
これらの評判が 後 丸山遊郭で起こる英水夫殺害事件の犯人ではないかと言う
疑いを受けるきっかけとなったのですね
大河では とってもかっこいい「亀山社中の白袴」
実際は そうでもなかったということを ちょっと覚えておきましょう
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by tukitodoraneko | 2010-08-26 12:21 | 幕末

自分にお中元

ステキな写真みつけたので 載せてみましょう
f0122653_1174590.jpgほーら!本の家!
どなたかが 自分の蔵書で作った
みたい
しかし日本語でも英語でもない
キャプションがついてるので 
どこの国の方やらわかりません
もしこんなのがあったなら ヘンゼルとグレーテルの「お菓子の家」より 住んでみたい!
先日の1級飲み会の席で ハンサムなK下さんから
「江戸系の本 何冊くらい持ってるの?今度数えてみてね」と言われましたが
「うーん・・・無理かも」と 答えました
蔵書録をつけているんですが まだ200冊分くらい
今 これを書いている私の回りに転がってる本だけでも
たぶん300冊・・・いや雑誌の特集号とか入れるともっとかな
二回の寝室・廊下の本棚(とその回り)には 一目見て
「あ・・・もう 大量ってことで・・・」と 言いたくなる量の本があり
一応 江戸系はまとめてるつもりですが 例えば「江戸の怖い話」なんて本は 江戸系の本棚にあったり ホラー系の本棚に置いたりするんで ぐちゃぐちゃです
それに今月は 古書市が三度もあったので この一月でも50冊以上の本が増えています
今年のお中元も 自分に贈ったのは「本」でした
誕生日とか 記念日 もしくは何か自分が頑張った時や へこんだ時
自分で 自分にプレゼントを贈る事にしています
今年の夏は 酷暑による夏バテの上 筋肉断裂不全の自分があまりに「お気の毒」だったので
お中元も贈ったんですねー
それも めったに買わない12冊の全集 一揃い!
う~ん・・・太っ腹!
これは 前から「岡場遊郭考」という本が いろんな本に引用されていて
ぜひ 欲しかったんですが これが「未刊随筆百種」という三田村鳶魚編
森銑三ら編集で 昭和51年 中央公論社から出たこの全集に載っているのがわかったからです
古書サイトで調べてみると 一冊買うより 全集で買った方が割りがずっといいので
思い切って 全巻買って見ました
一冊は千円以下なんですが 全巻で4千円というセットがあったんですよ
届いてみると 確かに「未刊」のものを集めただけあって
引用されてて読んだだけのものや 存在も知らなかった江戸時代の随筆が ぎっしりです
おさがしの随筆がこの中にあるかもしれないので 内容を下に載せておきます
読みにくいところは お聞きください
f0122653_1157325.jpg




























f0122653_1254913.jpg
遊郭や音曲系の物が けっこうありますし 見聞記もあります
値が下がっている今の内に ご興味のある方はどうぞ!







 




                           
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by tukitodoraneko | 2010-08-25 12:12 | 本の話

国史大系 読んだ?

さてさて 単純な質問をしてみましょう 「国史大系 読んだ?」
おとといの1級会の飲み会の席で 向かいに座ったチャーミングなA山さんが
私に聞いた言葉です
f0122653_9253480.jpg歴史を勉強しようと思えば これを読まないといけないんですが 残念ながら飛び飛びです
一時 図書館からランダムに借りては 読んでいたんですが いかんせん!大量です
及び わが町の中央図書館が移転して ちょっと自転車で行ける距離ではなくなりました
それに 借りた本はやっぱり苦手・・・
勉強系の本を読むときは 反射的に右手に赤ペンの習慣が染み付いていて いつか大変な事になるんじゃないかと・・・
ちょっと内容説明も書いときましょう
「国史大系」というぐらいで 日本史の史書を集めたもので
最初は 明治30年~34年にかけて経済雑誌社から出た正続32冊のものでした
正の方は 日本書紀や三代実録・古事記・今昔・水鏡・大鏡など17冊
ビッグタイトルなので 単独で読まれた方も多いでしょう
そして 続・15巻は 吾妻鏡と 9~15巻が「徳川実記」なんですねー
よく「徳川実記」を読みたいけど どこにもないよー という方
これは「続・国史大系」の9~15巻で検索しないと 出てこない場合がありますよ
この経済雑誌社版は すでに著作権フリーらしく 国会図書館の近代デジタルライブラリー
検索すれば すべて読めます
私は これで随分 古典籍を読みましたよ
しかし 残念ながら こちらは旧字で 画数が多い字は印刷でつぶれてしまっています
読みにくいこと 著しいんですが 慣れればなんとかなる感じ?
この他には 昭和4年から30数年をかけて 「新訂増補国史大系」が出ています
こちらは 吉川弘文館からで 全66冊 図書館で借りられます
このうち「徳川実記」は 38~47巻 「続徳川実記」が 48~57巻の20冊です
古書サイトで 調べてみると まだ結構高いですねー
歴史関係の本は どうしても「借りる本」ではないと思います
そばにおいて必要な時 調べる事ができないと 役立たずですね
かといって 古本に数万のお金を使うのは 扶養家族の身では 大それた事
仕方なく 近代ライブラリー版を見ては パソコンでポツポツ書き写して見たりしています
「徳川実記(正続)」だけでも 900ページくらいあるのが7冊分
私が生きてる内に うつせるのかしら?
絶対 途中でキー!っとなって 怒り狂った勢いで 全巻買ってしまいそう・・・
それでも もしも もしも 完成したら 大量の「武鑑」を コピーしてくださった優しいA山さんに
最初の一部を 進呈したいです
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by tukitodoraneko | 2010-08-24 10:37 | 江戸のあれこれ

パスポート第一号

明日は 大河ドラマ「龍馬伝」なのですが 1級会の集まりでリアルタイムに見れません
きっと 近藤長次郎=饅頭屋の最後になってしまいそうなので 後でメソメソしながら見ますよ
長次郎が 海外密航と使い込みがばれて 切腹するのは
慶応2(1866)年 1月14日のことでした
残念な事に これからたった3ヶ月後 幕府は 学問と商用に限り 民間人の海外渡航を解禁するのです
数ヶ月待ったら 饅頭屋も堂々と留学することができたのにねぇ
f0122653_16555266.jpgさて ここにこんな←写真が
あります
これは ロンドンの古書市で
発見されたものですが 
撮影時期は1866年頃と
言われています
海外渡航が解禁になった
かなり早い時期に 海を渡った「サーカス団」の写真と思われます
f0122653_17101456.jpgこの年 外国奉行が発行した「海外行御印章」・・・
今で言う「パスポート」は 全部で70枚
そのうち 第一号から三十号までは すべて「芸人」のものでした
ちなみに記念すべき第一号は 手品師の隅田川浪五郎(38)さんで 渡航目的は「香具渡世(やしとせい)」となっています
第十八号までが 同じ曲芸団のメンバーで アメリカ・ヨーロッパを回って 大成功をおさめました
← これはニューヨーク公演のポスター
「帝国日本一座」となっています
この一座の世話役を勤めたのが 高野広八(ひろはち)
陸奥国伊達郡大久保村(現・福島県 飯野村)出身の48才でした
この人は2年4ヶ月に渡る欧米公演の間 ずっと日記をつけていて 
これが今も故郷のご子孫のもとに残っています
安岡章太郎氏は この日記を元に「大世紀末サーカス」を書いていますよ
公演の内容は 曲芸・独楽回しなど 日本古来の芸ですが
最後に直系一メートルもの大独楽を回すと これが真ん中から割れ
中から小さな娘が飛び出すという大仕掛けで
拍手喝采を浴びたそうです
f0122653_1735465.jpgまた 父親が肩でバランスを取っている長い竿(さお)によじ登り 
「オール・ライト!」と叫びながら 風車のように身体を回す13才の梅吉が大人気
彼は 「リトル・オールライト」と呼ばれて こんな→写真も残っています
私は 上の写真の前列 右から二番目の子に似ているように見えますが いかがでしょう?
これは もしかしたら 梅吉たちの一座の写真ではないでしょうかね?
彼らは ホワイトハウスにも招かれ 大統領と握手したり
ニューヨークでは 楽屋に福沢諭吉が訪ねてきたり その人気のほどが分かります
f0122653_17515262.jpgしかし 中にはこのまま海外で 結婚したり 
興行師に騙されたりして 幸運とは言えない生涯をおくる者も いたんですねー
実際 彼らの内 いっしょに帰国したのは広八を含め 8名だけ
彼らが 帰国した時 幕府はすでになく 時代は「明治」という新たな混沌へと 移り変わっていたのでした
← 興味のある方は こんな本も出ています
良かったら 読んでみてくださいね
おもしろいですよ


 
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by tukitodoraneko | 2010-08-21 17:55 | 幕末

おめでとう と ありがとう

f0122653_12224098.jpg月猫です
まだまだ
暑いので
涼しげな
月猫のお写真を
のせてみました
残暑お見舞いと
お礼の気持ちです
と言いますのも
現在 当ブログの
アクセス数が
トータルで
9万9千9百を
超えています
今日中に10万に
達するでしょう
しかし 一体どなたが10万を踏んでくださるやら 私にはちっとも分かりませんので とりあえず
今日来てくださった方 すべての方が「10万人目」です

三年越しにご愛顧の方 いつもコメントを下さる方 今日初めて来てみたよという方
すべての方に ありがとうを言いたいです
あまりの暑さに何にもする気が起きなかったり
自分や家族の体調のせいで 続けられないかなと思ったり
何度も もうやめちゃおうかなと・・・思ったりもしたことを 正直に告白いたします
そんな時 私の背中を押してくれたのは なんにもUPしてないのに
のぞきに来てくれた たくさんの方が残していってくれるカウント数でした
日に何万ものアクセス数を誇るタレントのブログではありません
普通の専業主婦が キッチンのかたすみで書いているブログを 見に来てくれた方々
お一人ずつに どんな小さなことでもいいから「何かいいこと」がありますように
今日一日 感謝をこめて お祈りしています
 10万人目のあなた! おめでとう!
もし 本当にステキなことが起こったら 月猫に教えてくださいね
分け前が欲しい なんて 言いませんから 
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by tukitodoraneko | 2010-08-20 12:49 | よしなしごと

史談会速記録のこと

今日は ブロ友・九州の昭ちゃんから 頂いた本のこと 書いてみましょう
f0122653_11574556.jpg皆さんは「史談会」というのはご存知ですか?
幕末の研究をなさる方は 大抵読んでいるものです
もともとは 明治21年 宮内省からの命で 
島津(薩摩)・毛利(長州)・山内(土佐)・徳川(水戸)の四家が
幕末~維新の事件調査とその編纂を始める事になりました
これに 三条・岩倉など公家方の伝記調査員が加わり
「史談会」が 創設されました
月一回の会合は 急速に規模を拡大し
毎回 50~100名の参加者があったといいます
当事者や 関係者の語る談話・質疑応答は速記され
明治・大正・昭和と連綿と刊行され続け
4百冊を超える一大速記録となっています
時代が下るごとに 内容は平易になっていくのはしかたないですが
この記録の 2百号くらいまでは 実におもしろいものが多いと言われてきました
昭ちゃんが 送ってくれたこの本は 特に有名な事件に関する
実見した人 直後に調べた人 の記録の抜粋です
どんな事件に関するものかというと・・・
桜田門の変・・・石沢源四郎  生麦事件・薩英戦争・・・市来四郎
七卿落ち・・・長谷信篤     天誅組・・・織田完之    禁門の変・・・石黒勘次郎
薩摩屋敷焼き討ち・・・俣野時中   伏見戦争・会津藩士のこと・・・柴 太一郎
江戸攻撃中止の真相・・・渡辺 清   新撰組一隊士の思い出・・・阿部 隆明
坂本竜馬暗殺の真相・・・外崎 覚   江戸伝馬町の牢獄・・・信太 歌之助
などですよ
もとは 天宝2年(1831)の孝明天皇の誕生から
明治4年 廃藩置県までの間の 40数年に起こった様々な事件の速記録
なんですが 上に載せた11件 もっとたくさんの記録読んでみたくなります
この本は 昭和40年初刊で 桃源社から出ています
他の事件に関しても 読んでみたくなるほどおもしろいですよ
図書館でさがして 読んでみようかな・・・と思っています 
もうちょっと 涼しくなったらだけど・・・
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by tukitodoraneko | 2010-08-18 14:54 | 本の話