本当は小学生の慶福さま

さっきやっと 先週分の「大河篤姫」を見終わりました
とうとう 慶喜さまと慶福さま そろいぶみでしたね
f0122653_14514277.jpg←こちらは 将軍になってからの慶福(家茂)さま
明治になってからの油絵です
実際の慶福さまはこの時まだ11才
小学生くらいですから 子役でも良かったんですが
「大河」では 松田翔太さんがやってました
パパは 「なんじゃこりゃー!?」の松田優作さんですね
本当の慶福さまのパパは
紀州藩主の 徳川斉順(なりゆき)
11代将軍・家斉の七男です
家斉はとにかく「子だくさん」でしたから
斉順もはじめは 御三卿のひとつ・清水家を継ぎ
後に紀州家の藩主になりました
だから慶福は 由緒正しい「家斉の孫」
家定とは 父親同士が異母兄弟の従兄弟になるんですね
これに対して 一橋慶喜は 満19才
歳からすれば こちらが適任だったでしょう

この年 篤姫の輿入れの翌年・安政4年のできごとをまとめておきましょう
まず 6月 17日 阿部正弘 死去
翌7月 20日 井伊直弼はじめ「溜の間」詰めの譜代大名たちが
「ハリスの江戸上府」に反対して 老中・堀田正睦に「建白書」を提出
この3日後に 水戸斉昭は 「幕政に不満」ということで辞職します
ところが 8月 14日になって 幕府は一転
「ハリスの江戸上府許可」を 発表するんですね
この約3週間の間に 内部でどんな動きがあったんでしょうね
たぶん明日の放送では 「ハリスの謁見」が メインになるんでしょう
がんばれ 家定さま!
では また 明日・・・・
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by tukitodoraneko | 2008-06-14 15:14 | 江戸のあれこれ

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