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by tukitodoraneko
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今日は不気味な雛祭り

今日は 年頃の娘さんのいるお宅では 必死でお雛様しまっていることでしょう
いき遅れちゃいますもんねー 
家もです・・・・・・・(涙)
ま、気を取り直して 雛祭りの話でもしましょうね
もともとは「上巳」といって 3月の初めの巳の日
川で身を清め 厄を落とす風習が中国から伝わった事に始まります
やがて それを「形代(かたしろ)」という人型で済ますようになりました
「流し雛」などのルーツも同じですね
この風習が 江戸に入ると3月3日に固定され
女の子の祭りとして 広まりました
f0122653_1483288.jpgしかし「身代わり」としての「形代」は 
「天児(あまがつ)」「御伽這子(おとぎぼうこ)」などと
呼ばれ 続いていきます
江戸時代の雛祭りを書いた絵を見ると
この気持ち悪い人形も一緒に飾ってあって
初めて見た時は ギョっとしました
もともとは 「呪術的意味合い」があったものだから
ちょっと 気味悪いですよねー
「這子」の方は 這い這いする赤ん坊をかたどったものですが
f0122653_14153061.jpgこれも 結構キモいです
今でも 飛騨高山の民芸品として人気がある「さるぼぼ」の
ルーツはこれだそうですよ
昔は お嫁に行く時 行列の先頭にこの「御伽這子」を飾る
習慣がありました
花嫁の「身代わり」として 厄を祓うためだったんですね
「篤姫」の嫁入り道具の中にも この「御伽這子」は
はっきりと書かれていますよ
f0122653_14223110.jpg幕末までも続いていたんですねー
← これは江戸時代の本に載ってた「御伽這子」の絵
こんなの飾ったら 子供が夢に見て 夜泣きしそうです
現代まで 伝わらなかったわけがわかりますね
メインの内裏雛の方は 最初は「紙雛」や
素朴な「立ち雛」でしたが 年を追うごとにはでになり
大きさも 七、八寸(20センチ代)だったものが
最盛期の享保年間(1700年代=江戸中期)には
一尺五寸(50センチ!)のものまで作られ
幕府が 禁止令を出しています
それはそれで ちょっと怖いですね
今のように「雛壇」に飾るようになったのは
もっと時代が下がってから 庶民の間で狭い座敷に
人形をいっぱい 飾るために工夫されました
大奥では 広さなんてかまったことじゃないので
座敷いっぱいに 飾っていたそうですよ
お雛様も だんだん団地サイズになってきたんですねー
 
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by tukitodoraneko | 2008-03-04 14:37 | 祭と歳事