たまに更新するかも・・・


by tukitodoraneko
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

江戸の寺社

先日のブログ訂正しました
「初午」の記事 以前の記事2010年2月に載っています
さがしても 無かった方 ごめんなさい
少しひまがあるので 江戸の寺社のこと ざくっと書いときましょう
f0122653_15472678.jpgまず 第一に「神社」という言い方が一般的になったのは明治以降です
切絵図をご覧になると 一目瞭然なのですが ○○社 ○○宮と書かれていて
社(しゃ・やしろ)と 読んでいます
王子稲荷社 富岡八幡宮などです 
「神田明神社」も「みょうじんしゃ」ですね
そして どんな大きい社でも 江戸時代には「別当寺」がついていました
f0122653_1611556.jpg「○○寺持ち」という言い方もします
明治の寺社分離以前は 屋敷神・横町の小祠を除けば 寺の敷地の一角に 様々な神の社があるのが普通でした
江戸最古の寺院 浅草寺を切絵図で見ると 本堂をとりまいて数多の社が描かれています
仁王門の手前・左手にある「地主稲荷」は おそらくこの地の
地主神=氏神だったものでしょう
ホントにいっしょくたの感がありますね~

これは 幕府が宗教行政法として「寺請制」をとっていたことが大きな要因です
今の住民基本台帳を 当時は宗門人別帳と言いまして 
住民は それぞれ自分の寺に属し それを記した帳簿を 
その土地の名主・町役人・村役人がほとんど毎年のように提出していました
道中手形・・・今のパスボートの発行も お寺の役目です
宗門人別帳や手形の証明には 旦那寺の住職から奥書=裏書をもらわないといけません
このシステムは 明治の神仏分離政策で 消え去ります
同時に 権現や明神という観念も否定され
時宗 神田山日輪寺持ちの神田明神は 神田神社と改称
天台宗 観理院城琳寺持ちの日吉山王権現は日枝神社と改称されたのですね
日吉→日枝 ちょっと覚えておくといいかもしれませんよ
続きは また・・・・
[PR]
by tukitodoraneko | 2015-02-24 17:05 | 祭と歳事