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by tukitodoraneko
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八坂神社 節分

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八坂神社・・・といってもピンと来ませんよね
京の人々は 昔も今も「祇園さん」と呼びます
祀られる牛頭天王は 祇園精舎の守護神ですから
祇園天神とも 呼ばれていました
祇園精舎は インドに現存する釈迦が説法を行ったという寺ですね
今は 歴史公園となっています 御多聞にもれずネットで見れます
有名な「祇園精舎の鐘の声」 しかし本来 ここに鐘はなかったそうで
10年ほど前 日本から鐘楼と鐘を寄贈したそうですよ
そしてもう一つ 三代将軍家光は この祇園精舎を特定せよと
長崎の通辞に 命令したのだそうです
ところが当時の渡航した人々は カンボジアにあるアンコール・ワットが
「祇園精舎」であると 思っていました
このため 江戸時代通じて 祇園精舎図=実はアンコールワットの地図が
代々 受け継がれてきていました おもしろいですね^^
あ、脱線しましたね

この牛頭天王 貧乏な蘇民将来の家をボロボロの旅人の身なりで訪れ
厚くもてなされました 
金持ちの兄・巨旦(こたん)将来は 冷たく追い返したので
数年後 再訪した牛頭天王は 弟にだけ疫病除けの「茅の輪」を授け
この時 「自分は スサノヲ尊である」と名乗ったという話が
「備後国風土記」の逸文に残っています
現在では 牛頭天王と須佐之男命(スサノヲの表記はいろいろありますが)
は同一神として ペアで祀られていますね
f0122653_1503164.jpgそのご縁で 八坂神社で節分の二日間に限り 出される串札には 「古事記」でスサノヲが 根の国にやって来た大穴牟遅(おおなむち・表記さまざま 別名・大国主 他多数)を 黄泉比良坂まで追っかけてきて 言った言葉
「追伏坂之御尾 亦追撥河之瀬」が 書かれています
「(兄弟を)山に追い伏せ 川辺に追いつめ(そしてお前が国を治めろ)」
娘(スセリヒメ)を奪っていくオオナムチに対する一種の言祝ぎでしょうか

ほーら「古事記」って おもしろいでしょ?
 
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by tukitodoraneko | 2015-02-07 15:41 | 祭と歳事