有名人の肖像画は 本物か?

おとといのコメント欄で話題になった「肖像画」の真偽
おもしろいから 書いてみましょう
私のほうが 先に本見つけたし ハカマオー頭痛くなっちゃったしね
「本人に似てない」と 一番よく引き合いに出されるのは
西郷隆盛の肖像と 上野の銅像でしょうか
あれは 西郷どんが写真嫌いだったため 弟・従道の顔を基に作ったと言われてますね
それでも まだ家族が生きてたから「似てない」とわかったわけです
f0122653_14433679.jpgじゃあ これはどうでしょう
京都 右京区の神護寺にある平重盛
これは 最近 足利尊氏像だろ?と 言われているものです
そもそもは 14世紀 南北朝の頃に書かれた「神護寺略記」という寺伝がありまして 
そこに藤原隆信という肖像画家が書いた重盛 源頼朝などの肖像画あると書かれているのですね
そこから おそらくこれがそうだろう・・・と推定されていたのです
というのも この肖像画 書かれた人物を特定する詞書がないのですね
それで最近になって イヤこれはちがうだろ?という説が出てきたのです
藤原隆信の生きていた時代よりは 後に
f0122653_1512566.jpg書かれたのが分かったということもありますし 
書かれている冠や太刀が 鎌倉後期以降の様式だからということも言われています
また 足利直義が「自分と兄・尊氏の肖像を 神護寺に収めた」とういう記述が見つかり 
この→ 今まで源頼朝といわれていた肖像は 直義であると推定されています
でも もちろん 異論もありますし 確定されたわけではありません
国宝にもなっていることだし 神護寺では
変わらず 重盛 頼朝であると主張しているようですよ
f0122653_15103024.jpgもう一枚
京都国立博物館の
← 足利尊氏騎馬像
これは江戸時代に松平定信が「集古十種」という古美術を木版画で紹介した本に「足利尊氏像」とのせたために そのまま伝わってきたのですね
しかし馬具に付いている紋が 尊氏の執事・高師直の「輪違いの紋」なので これも師直では
ないかといわれています
もちろん 確証はありません
f0122653_15205467.jpg次に これは以前 教科書にも載っていた武田信玄
← 肖像です
息子・勝頼が 代々の菩提所だった高野山成慶院に収めたもので 長谷川等伯の書いたものとなっていますが
これも 絵の人物に関する書き込みはなく
刀の目貫についている紋は 武田菱でななく
「二つ引き両」というものです
これから この人物は等伯の出身地 能登で描かれ
戦国大名・畠山氏の肖像だろうと言われています
今は 教科書にも出てませんし「伝 信玄像」と
なっています
f0122653_15331689.jpgついでにもう一枚 →
これは東京の浄真寺所蔵の 吉良頼康像
鎧や武具にちゃんと武田菱の家紋が入っていますね
これが 信玄像だと言われることもありますが
浄真寺と吉良氏との関係は分からず 何ともいえません
f0122653_15433314.jpg
最近では 高野山持明院に伝わるこの絵が 「信玄像」として使われることが多いようです
一枚目の絵とは 随分違いますね
信玄は 結核を患っていたとも言いますし
そんなに太っていたとも思えませんので
こちらの方が 近いのかな?
でもイメージでは 堂々たる体躯の方が
信玄らしいとも言えます
今日はこんなところで・・・
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by tukitodoraneko | 2012-03-10 15:48 | よしなしごと | Comments(14)

Commented by 酒上靴無 at 2012-03-10 16:16 x
最後の肖像画、「三好長慶」に似てるなー
別に会ったわけじゃないけど。(ハカマオー)
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-10 16:41
着物に武田菱といっしょに鳥の絵も入ってますよね
昔は 名前入れなかったんですねー
せめて画家の名前があれば 推定できたでしょうに・・
上から2枚目の頼朝像は ずいぶん模写されたみたいで
イギリスにもありますよ
そちらには「頼朝」として漢文の説明がついています
どの絵も描かれた当時は 誰の絵かわかってたでしょうから
何にも記す必要がなかったんでしょうねえ
Commented by ヒナ at 2012-03-10 19:44 x
月猫さん、信玄の絵は、描いた等伯との接点がなかったという話もありますものね。
歴史も時代の進歩によって、様々な分析とか出来るようになると新しい発見があるのですよね。
私も浮世絵芸術のバックナンバーを読んでいて、面白いものを見つけましたよー
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-10 20:33
ヒナさん
ブログに書いてねー^^
頼朝像は ハンサムすぎな気がしますね
出っ歯だったという義経の肖像も残ってたらいいのにね
Commented by 忍び駒 at 2012-03-11 10:25 x
月猫様
時期は異なりますが、京都の寺院の中には年一回の「虫干し」を
行うところがあります。大徳寺、真如堂なども行いますが、
5月の神護寺の虫干しをたびたび訪ねました。
伝重盛像、伝頼朝像、伝光能像の国宝「神護寺三像」が無造作
に掛けてあるのをごく間近に見て、その大きさと精緻さに固唾を
呑んでしまいました。
月猫さんが仰るように「神護寺三像」は、通説を支持する美術史
家と新説を支持する歴史家の間に論争が続いています。
論拠は省きますが、どうも通説に分があるように思います。

京都検定一級に合格すれば京都産業大学の研究生なれますが、
研究生の中に竹内栖鳳の「アレ夕立に」は井上流の清元舞踊の
型だと初めて解明した女性がいます。これまで絵画史と邦楽の
双方に通じた専門家がいなかったため、究明されませんでした。
神護寺三像も同様に歴史家でかつ有職故実と美術史に通じた
研究者がいないことが議論を解決できない理由かも知れません。
月猫さんのような広い知識があれば研究者でなくても解明できる
課題かも知れませんね。
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-11 10:39
忍び駒さま
と・と・とんでもないです~
大河ドラマの関係から 最近やっと京都の奥深さが
わかってきました
江戸検定もむずかしかったですが 京都検定はまた
ひとまわり大きな課題です
両方お持ちの忍び駒さんのような方は 稀有の存在だと思います
まだまだ 勉強が足りない私ですが 見捨てずに
これからも よろしくご教示ください
やっと摂関政治と院政がおぼろげに理解できた
初心者の未熟者です。
Commented by 忍び駒 at 2012-03-11 14:09 x
月猫様
家紋「二つ引き両」のお話が出たところで質問させて下さい。

 「鍋ぶたが沈んで浮かぶ釜のふた」
と、川柳にもある様に、敵同士となって争った足利氏と新田氏の
家紋は共に「引両紋」で、足利氏の家紋である「足利二つ引両」は
釜の「ふた」のようにに見えますし、新田氏の家紋の「大中黒」は
鍋の「ふた」のようにも見えます。
さて、歌舞伎の「松嶋屋」・片岡仁左衛門家の家紋は足利氏の
家紋と同じ図案のように見えますが、「七つ割に二引き」と別の
家紋名で呼ばれます。
この仁左衛門家の家紋と足利氏の家紋は、完全に同一のもの
でしょうか。それとも別物でしょうか。また松嶋屋・仁左衛門家の
紋名にある「七つ割」とはどんな意味でしょうか。
丸の中に三本引いた場合は「九つ割」と云うようですが、
この「七つ割」、「九つ割」の意味を教えて頂ければ幸いです。
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-11 15:06
忍び駒さま
「家紋」は全く詳しくなくて 今 本を眺めて見ましたが
「丸に二引き」と「七つ割二引き」は別なのだと分かったくらいです
確かに見た目が違いますね
「七つ割」の方の説明に 四分二厘の分廻し(コンパス?)で割る・・・とあるのですが 比率の問題ですかね?
家紋にくわしいのは 極骨さんかな?
メーリスの方で 質問した方が いいと思います
申し訳ございません
Commented by 忍び駒 at 2012-03-11 17:04 x
月猫様
話題の高師直は「太平記」では最悪の東夷(あずまえびす)に
書かれていますから、余ほど京の人に嫌われたのでしょう。
月猫さんに習って「太平記」を拾読みして見ました。

「巻21」の「塩冶判官讒死の事」では、長年連添った塩冶判官の
妻に横恋慕しても通じないのを怒って、無実の罪をでっち上げ、
讒言によって判官を滅ぼしてしまいます。
「巻26」の「師直師泰奢侈の事」では、師直・師泰の兄弟ほど
驕りたかぶり、増長して、人に謗られ、嘲られた人はいないと
多くの実例をあげています。故大塔宮の母宮の御所を勝手に
取上げて豪華な私宅に換えたり、公卿殿上人の娘や皇女腹の
娘達を次々に奪って多くの妾をもったり、二条関白の妹までも
奪います。更に菅宰相の屋敷を預かった時には懇願されるのを
振切って、屋敷内の墓を掘り起こして遺骸を棄ててしまいます。
「巻28」の「師直師泰等誅伐の事」では、最後は出家姿に
変装して僧侶の列の中に身を隠して逃げようと醜くあがきますが
討たれてしまいます。
これでは「仮名手本忠臣蔵」の悪役になる筈ですよね。
Commented by 酒上靴無 at 2012-03-11 22:35 x
ハカマオーでーす
酔っぱらってまーす 
相手は学生時代からの酒飲み友だちで、世が世なれば 華族さまのご身分のおっさんでした。同い年ですから、お・っさ・んで・いいいです・よ・ね
ウイー … ヒック!
小生が話題にした肖像画別人話しがなんだか大変なことになってるので、責任感じてひとこと…です。 新説が出れば、今まで通説を大事にしてきた方が通説を守ろうとするのは当たり前のことです。新説を出した人が、いくらやっきになってもなかなかどうして、そう簡単には通りません。本能寺の変の謎が、数えきれないくらいに諸説紛々としていても、いまだに原初の野望説や怨恨説がその存在を厳然と保っているところを見れば明らかです。
べつに学者でもない立場からいえば、いろんな説を読んでおもしろがっていればいいのかなーなんて思うのですが…。だめですか?だめでしたら叱ってください。ひっく…だめだこりゃ(ハカマオー)
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-12 10:33
ハカマオー 叱りませんよー^^
私も 似たようなもんだから(お酒も、歴史観も)
年取って 益々口うるさくなって ごちゃごちゃ文句つける 
やなおじさん、おばさんになりましょーね
極骨さんもいっしょにね!
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-12 10:38
忍び駒さま
忠臣蔵の高師直は やな奴ですもんねー
あれに比定されては 吉良さまがちょっとかわいそう・・・
と 思ってしまいます
家紋の方は「割り」と言う意味がやっと理解できました
あれは横幅を分割するということなのですか
「ぶん回し」で(円周を)分割するのとはまたちがうんですね
家紋は 図で見てもそれぞれ微妙に違って見えて 難しいですね
Commented by 忍び駒 at 2012-03-12 12:46 x
月猫様
いいえ、定規とコンパスだけで一定の線分を7等分することは
簡単に出来ます。ヒントは三角形の合同条件を応用するだけ
です。
「分回し」の利用方法はその事かも知れませんね。
Commented by tukitodoraneko at 2012-03-12 16:39
忍び駒さま
う~・・・
理数系の脳みそ 耳かきいっぱい分くらいしかないです
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