稲荷だらけの江戸の町

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「初午」の話 続きます
上は 豊国の「王子稲荷初午祭りノ図」
京は伏見でしょうが 江戸ではやはり「関八州の稲荷の総元締」 王子稲荷が格別の賑わいです
今でもいくらか残っていますが 王子稲荷の初午は「凧市」が立つので有名でした
この他には 湯島の「妻恋稲荷」も有名 
ここはいまも「神田明神」の裏手に残っていますね
「切絵図」と 同じ位置にちゃんと載っています
ここからは「狐憑き」を避ける守り札を出していました
そして「日比谷稲荷」 これは芝口三丁目にあったもので 今は「日比谷神社」として
新橋三丁目にあるものです
当時は この辺りを俗に日陰町といい 歯痛のものは鯖(さば)を断つと治るという信仰があって
治るとお礼に「鯖」を奉納したので 「日陰町の鯖稲荷」とも呼ばれました
ここの燈篭の細工が有名で 紙一枚で酒樽・水瓶(みずがめ)などを釣って見せ
どういうしかけか わからないようにうまくできていたそうですよ
今では 新橋の飲み屋街の片隅にある「烏森稲荷」も 当時は盛んなもの
切絵図では 幸橋御門の外にあり この門外に仮屋を作って 獅子頭などを渡しました
この三社が 特に祭りが大きかったものですが
この他にも 土地ごとに稲荷は犬の糞ほどありました
上野の「忍岡稲荷」は 別名「穴稲荷」 五條神社の横にありますね
日本橋堀留町にあったのは「杉の森稲荷
小網町には「稲荷堀」とかいて「とうかんぼり稲荷
日本橋室町の「浮世小路」には「福徳稲荷」 同じところに今もあります
武家の信仰が多かったといいますよ
太田南畝が晩年に住んだ神田 聖堂向かいの「太田姫稲荷
南畝が書き残しているものによると 元は山城国一口(いもあらい)村にあったものを
太田道灌が 城内に勧請したものだとか
f0122653_1274315.jpgこの他にも 吉原の中にあった「九郎助稲荷
笠森お仙が出た谷中の 「笠森(瘡守)稲荷」など
数え上げれば きりがありません
この頃までは 狐狸の類が 日常生活の一部のようなものだったでしょう お城の庭にも狸がすんでいましたし 広い武家屋敷の庭も彼らの遊び場
落語「王子の狐」ではないけれど ちょっと郊外に出れば
玉子焼きを盗まれることもあったのでしょう
なんだか 別世界のような おとぎばなしのような 懐かしい
感じがしますねえ・・・
明日は「狐つき」の話です
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by tukitodoraneko | 2010-02-04 12:11 | 祭と歳事 | Comments(0)

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