初午と つんぼ稲荷

大河ドラマの方は また週末に始めることにして「江戸歳時記」にもどります
本当は 「節分」がオンタイムなんですが 当ブログでは 江戸時代の年越しにあわせて
12月中に 「節分」の説明は終わってしまいましたので 
実際の江戸時代の二月の行事として 最も盛んだった「初午」のことを書きましょう
f0122653_12265897.jpg二月の最初の午の日はお稲荷さまのお祭でした
もともとは 京都・伏見稲荷にご神体が下りた日 
ということでしたが とにかくこの日は「子供たち」の祭りでした
一月の25日あたりから まず「太鼓売り」がやって
きます
当日は この太鼓をたたき 幟(のぼり)や絵馬を
持って練り歩き
「稲荷講 万年講 十二銅おあげ」などと叫んで 
お金や菓子などをもらい歩くのです
「伊勢屋 稲荷に犬のくそ」というくらい どんな
小さい路地にも稲荷の一つくらいあったものなので 
とにかくこの日は 一日太鼓の音が絶えず 
大変な賑やかさだったとか
そして 武家屋敷 旗本屋敷にもたいてい稲荷の祠があったもので 初午の日には 門を開け放ち 
近所の子供らを入れ 神楽をあげ 甘酒 鮨 団子などで接待します
f0122653_12491035.jpgまた 「初午まつり」といえば 「地口行灯」がつきもの →
「地口」というのは だじゃれ 親父ギャグ的なものですね
「ふとんがふっとんだ」という類の たわいないもの
これを 絵とともに行灯に書いて 吊るすんですね
そして 赤飯や菜めし 焼き豆腐・芋・蒟蒻の田楽
煮しめ 小松菜の辛子あえに新たくわんを添え
メシの上には 梅の花を一、二輪 添えて出すのが
決まりだったそうです
まあ なんと風雅な 季節感のある もてなしでしょう
そして もう一つ この日は「このしろ」という 「こはだ」が大きくなった魚を一対 懸魚として供えることになっていました
f0122653_13184570.jpg普段は「この城」を食うのは縁起が悪いといわれ 
武家は決して 口にしない魚でした
この日ばかりは「子の代」・・・子供が元気に育つ代わりに と お供えするんですね
これもちょっと 親父ギャグ風?

 このしろは 初午きりの台にのり

そして 前の晩から 囃子屋台の上では 住吉踊りや 
道化踊りをして楽しませ 手伝いの者も余興に交じったり 
若殿や姫ばかりか 殿や奥女中の「透見」(すきみ=覗き見)もあったりして 随分大がかりにやったようです
しかし これと反対に 質素なお家柄や 先祖からの「家令」(家の決まりごと)で 全く祭りをしない家もあったそうで 
これを「つんぼ稲荷」といって 奉公人からもひどく嫌われたということですよ
明日も この続きです


 
[PR]

by tukitodoraneko | 2010-02-03 13:31 | 祭と歳事 | Comments(2)

Commented by 忍び駒 at 2010-02-03 15:21 x
子供の頃の楽しみは初午でした。同姓の家系が集まってお稲荷さんにお参りした後、年番の家で大宴会となりしました。子供どうしも一日中一緒に遊び、ご馳走を腹いっぱい食べました。

そういえば、おいらの身の上は初午の狸と云うもんだといじける歌舞伎や、寂しがってひがんでいる狸の川柳がありましたね。
初午や穴の狸の思案顔
初午や思わぬ森の大太鼓
初午や暮れて狸の腹づつみ
Commented by tukitodoraneko at 2010-02-03 17:14
忍び駒さま
確かに 狸が祀られることはないようで かわいそうですね
私はおばあちゃんから 毎晩布団の中で狸の話を聞いて
育ったクチですから どうも狸の方が親しみがあります
でも 龍馬の育った土佐も含め 四国には狐がいないんですよね
不思議なことです
名前
URL
削除用パスワード

<< 稲荷だらけの江戸の町 容堂と東洋 >>